屋根の上から霧落ちてきたるかな 小沢藪柑子 早い水遅い水ある瀑布かな 野尻湖の艇庫の屋根を秋の蝶 禁漁区てふ小流れに靫草 墓参してあとのランチや生きてをる 馬場紘二 夏座敷けふの授業は保元まで 梅岡礼子 葛の花道いつぱいにバス曲る 前田なな さんざめく人に音無き鷹柱 櫻井茂之
投稿者「管理人」のアーカイブ
船はもう海をわたらず夏つばめ 井上 基(2014年11月号)
季題は「夏燕」。ところが『ホトトギス新歳時記』には「夏燕」は無く、「燕の子」の項に「子燕」、「親燕」が傍題として登録されているばかりである。しかし子育てにかいがいしく空を飛び回る姿は、やはり「親燕」だけでなく、「夏燕」とも言いたい。
「船」は「もう、海をわたらない」と言うのであるから、かつては「海をわたった船」であることが判る。ところで「漁船」は海を渡らない。「漁船」は海で漁をする。海を渡るのは「客船」。「貨物船」も海は渡るが、あれは「運ぶ」のが主である。つまり、一句の景色を占めているのは大型の「客船」ということになる。退役をした客船が、レストランとか観光拠点とかになって、係留されている。その船体の空をしきりに「夏燕」が舞っているのである。
その燕たちも程なく、海を渡る長途の旅に出る。仰ぎ見ている作者の心の中に「旅」への憧れが育っていく。 (本井 英)
雑詠(2014年11月号)
船はもう海をわたらず夏つばめ 井上 基 埋め立てて海の遠さよさるすべり 青蔦の崖より電車現るる はまゆふの花が中央分離帯 卓袱台を縁側近く冷奴 児玉和子 庶務百般ときには毛蟲焼くことも 酒泉ひろし よく熟れし夕日を抱へ夕焼くる 国分今日古 定年の夫にも慣れて冷奴 前田なな
浮苗の田植機追うて流れける 青木百舌鳥(2014年10月号)
季題は「田植」である。「田植機」は現代の田植えでは欠かせない機械。初期は手で押しながら四条ほどを植えていたようであるが、現今ではトラクター式の大型機で、八条とか十条を一気に植えていく。詳しいことは判らないが田面への田植機の沈み方は以前より深い感じで、ある程度の水深の中に田植えが行われていくようにも見える。
そこで掲出句のような場面が眼前でなされたのである。「カッチャ、カッチャ」とストロークして植えていく中で、一つの早苗が着床できずに、田水に浮き上がってしまった。その早苗はどうなるかと見ていると、進む「田植機」の後部に生まれた水流に乗って、「田植機」を追うように流れた、というのである。
まことに落ち着いた観察と、その観察の結果を的確に伝える措辞によって、読者を田植えの現場に拉致するほどの力強い写生句となった。ともかく早く一句にしてしまおう、などという「ぞんざい」な気持ちは微塵もなく、どこまでも、「その場面」を正確に伝えたいという誠実が一句に満ちている。この句を見た瞬間、私は小躍りして喜んだ。そして虚子に見せたいと思った。虚子も必ず選ぶと思った。ただし虚子が現代の「田植機」を知っていたなら。 (本井 英)
雑詠(2014年10月号)
浮苗の田植機追うて流れける 青木百舌鳥 早苗饗の椀や豆腐を山と盛り ちぎり絵のごとく色あせ七変化 潤びたる蚯蚓に命もどらざり 独楽の十歩一啄通し鴨 稲垣秀俊 和菓子屋の二軒隣りの茅の輪かな 梅岡礼子 堂々たる蜘蛛の囲の出来上がりたる 児玉和子 自転車を漕げば寒さや十三夜 藤永貴之