「夏潮 第零句集シリーズ Vol.6」 石本美穂『ラウンドアバウト』
「夏潮第零句集シリーズ」。第6号は石本美穂さん。
美穂さんは、昭和四十一年生れ。昭和六十年に慶應義塾大学俳句研究会に入会し、本井英に師事。現在編集委員として原稿依頼などを担当して頂き、毎月の「夏潮」の発行に欠かせない一人である。
句集名の「ラウンドアバウト」は、環状交差点のことで、「回り道」の意味もある。「早朝のラウンドアバウト旅の秋 美穂」と言う一句が集中に収められている。
大学卒業後、就職、ご結婚を経て一時俳句から遠ざかった時期もあったと思量するが、現在は俳句と季題がしっかりと生活の一部になっていらっしゃるであろうことが、この句集を読んで理解できる。
美穂さんの俳句はとにかく「素直」。奇を衒ったり派手な言葉を使うのではなく、ご自分が見られたこと、感じられた事柄を素直に詠っている。その結果、読者の心深くに美穂さんの俳句が染み渡っていく。俳句は饒舌より寡黙な文学である。
気になる点は、詠まれている季題が少なく「小春」のように百句の中に何句も続けて出てきてしまっている点であろう。忙しい日常の中で、俳句モードになれる時間が限られているとは思うが、句の幅、美穂さんの優しくも鋭い感性を活かすためにも、作家として意識的に句の幅を広げて頂きたい。
二日には二日の人出ありにけり 美穂
季題は「二日」。正月二日のことである。この句は何も言っていない。しかし、その前後に大晦日、元日、三日、御用始など、毎日が季題となる得意な「ハレ」の日々の様子が浮んでくる。
二日には二日の特徴がある。スポーツの世界では、二日にはラグビーの大学選手権準決勝や、箱根駅伝は往路が開催される。元日のサッカー天皇杯決勝や三日の箱根駅伝復路とも違う、雰囲気である。
そのような「二日」に作者は町に出た。思いのほかの人出があった。その人出は正月の雰囲気を持った人と既に「ケ」に戻りつつある人がいたのだろう。何もいわずに世界を広がっていく佳句。
海女道具整へてをる男かな 美穂
美穂さんは「夏潮」創刊に前後するように、ご主人の転勤に伴い奈良へ数年間御住まいになられていた。それを機に、より俳句に本格的に取り組まれることとなった。この句は、奈良に御住まいの頃、福岡の藤永さんと下名と三名で伊勢志摩を吟行したときの収穫の一句だろう。
季題は「海女」。句意は一読明瞭。面白さは下五の「男かな」という、切れ字の使い方。
これだけで、強い「妻」と頼りない「夫」の暮らしが見えてくる。それを「哀れ」とも思わず、淡々と妻の海女道具を準備している「男」。その風景をしっかりと描写することで普遍的広がりのある一句に仕上がった。
『ラウンドアバウト』抄 (杉原祐之選)
ぴんと張り糊の匂ひのうちはかな
どんぐりを握つてをれば暖かし
蜜柑々々と声出しながら蜜柑剥く
天気図は西高東低毛糸編む
賑はひて二日の中華料理店
手を頬に弥勒菩薩や春を待つ
春潮の引きたる浜の砂固く
鹿どちの尻の並びて草青む
ドロップを散らせる如く秋桜
ぼつてりと革手袋の置かれある
(杉原祐之 記)
関係ブログ
俳諧師前北かおる
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石本美穂さんへインタビューしました。
A:御影堂の屋根は緩やか春浅し
A:もっと句会に出ること、に尽きます。
A:早春の風はたしかに香りけり