金子敦『乗船券』(ふらんす堂 2012年4月)
『乗船券』は金子敦さんの第4句集。金子さんは昭和34年神奈川県生まれ。昭和60年に句作を開始し「門」「新樹」を経て、現在は「出航」に所属。これまで、『猫』『砂糖壷』『冬夕焼』の句集を上梓し、平成8年には「俳壇賞」を受賞されている。平成18年から23年までの句を集録。
ご本人はパニック障害に苦しみつつ、克服し句会に出られている。「写生」と「季題の斡旋」にどくどくの感性が現れており、表現の幅を広げるに当たり大変参考になった。
食べ物に関する句が多く、どれも心が弾んでいることが伝わっている。表現は抑制されており、きっと穏やかな人柄であることが分る。
眼鏡置くごとくに山の眠りけり 敦
→季題は「山眠る」。何とも不思議な雰囲気を持つ句。冬の山の形を置かれた眼鏡の形で表した。人が眼鏡を置いて眠りに入ると言うことも掛かっていると思う。
高跳びのバーのかたんと鳥雲に 敦
→季題は「鳥雲に入る」。何処かの校庭かグラウンド、棒高跳びの選手が黙々と練習してる、高飛びに失敗し引っ掛けたバーがカタンと落ちる。そのカタンの乾いた音と、鳥が帰っていく早春の愁いを帯びた空の様子が実にマッチしており、連想が広がっていく。季題が活きている。
取り合せ、斡旋の句が多いので、どうしてもパターンが見えてしまう点は否めなかったが、これはやはり6年と言う短い期間からの秀作を集めているので致し方ないであろう。
句集のタイトル『乗船券』に象徴されるように、この第4句集を持って金子さんは更に御自分の句の世界を広げて行かれるのであろう。
その他の印をつけた句を紹介したい。
春めくや京菓子の蓋開けてより
花の座のまだ温かき玉子焼
噴水のゆふぐれいろとなりにけり
おもちや箱より溢れたる夏休み
盆花をバスの座席に寝かせ置く
青墨の少し余りて花の雨
甲板のデッキブラシや雲の峰
あつちやんと呼ばれてゐたる月見かな
初詣風の強さを父が言ふ
カステラの黄の弾力に春立ちぬ
春宵の〆の杏仁豆腐かな
とおき日のさらに遠くに冬夕焼
のりしろのやうな海岸初日の出
卒園の子が覗きこむ兎小屋
テーブルに猫の跳び乗る海の家
海苔巻の河童が残り盆の夜
エッシャーの画集ひらけば星冴ゆる
以上(杉原記)
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ふらんす堂「みづいろの窓」 関悦史さんの書評