熊鈴が廊下を通る宿の秋 児玉和子(2011年12月号)

季題は「秋」。「宿の秋」という言葉が「ホ句の秋」、「島の秋」、「野路の秋」のような傍題たり得るかどうかは、これからの例句次第。ただし「秋の宿」という言葉は既に「秋」の傍題として登録されている。

また「熊鈴」という語がどの程度広く認知されているかは判らない。例えば『広辞苑』での立項を、その言葉の普及の一般性を測る尺度として利用するなら、「熊鈴」はまだ多くの人の知る言葉とは言えないらしい。一方、近年普及著しいインターネットで検索してみると、「熊よけ鈴」、「熊鈴」はごく普通の言葉として登場する。登山やハイキングの折、熊と遭遇しないために、熊に人間の存在を知らせる「鈴」である。

さて一句は、その「熊鈴」が宿の廊下を通ったというのである。「宿」といっても登山宿であろう。紅葉を楽しもうと多くのハイカーが宿泊している。朝、早立ちの連中が装備を整えて部屋を出て、廊下を通っているのだ。作者はといえば、まだぐずぐず布団の中に居るのかも知れない。「ちゃりん、ちゃりん」とやや高めの鈴の音が、あたりを憚るように通り過ぎてゆく。さあ、今日一日「秋天下の山」を楽しむぞ、という気分が伝わってくる。(本井英)