引揚げ船待ちて野営の夜の長き  牧原 秋

 季題は「夜長」、秋である。「花鳥諷詠」は、どこまでも「季題」が中心。事柄が初めにあって、後から「季題」を便宜的に斡旋するものではない。従って多くの作句の現場は、まず「季題」と出会って、その出合いから、事柄や景が立ち上がってくる。吟行という場面設定が比較的「花鳥諷詠」に叶っている所以である。しかし「季題」によって遠い記憶が呼び覚まされ、その遠い過去の「場面」を写生することも「花鳥諷詠」の範疇を出るものではない。「兼題」を案ずるのもこれと同様である。

 さて掲出句は「引揚げ船」というまことに特殊な言葉によって、読者は一気に七十年以上も前の記憶の世界に引っ張り込まれる。「引揚げ船」は大東亜戦争の敗戦に伴って、海外に於いて居場所を失ってしまった軍人・軍属、および一般市民を日本本土に帰還させるための船。六百万人といわれた在外同胞が祖国の地を踏むには十数年の歳月を要した。一句はその「引揚げ船」を待つ、港近くの「野営地」が舞台。筆者にはなかなか想像の及ばない部分も多いが、ともかく、一日千秋の思いで「船」を待つ身に「秋」が深まり、冬も近づいている「夜長」の夜々。そんな切ない景が焦点の定まらぬままに筆者の脳裏に浮かぶ。「夜長」という季題の持っている「淋しさ」の一面が伝わってくる。(本井 英)

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