観念して家業に就きぬ酉の市  矢沢六平

 季題は「酉の市」。関西・九州方面の人々にはあまり縁が無いかもしれないが、東京では十一月の大事な行事である。特にお商売をなさっている家では大切にされ、縁起物の「熊手」は銭を「搔き込む」ということから、派手に飾り立てた「熊手」を大枚はたいて買うのも商売人の心意気である。一句の主人公はもともと家業を継ぐべく育てられて来たのであったが、本人の夢は別の方面にあり、何かと言っては「家業」を継がない方向で活動してきたもののようである。ところが何かの事情、例えば働き盛りであった父親が急逝してしまったとか、自分が志した方面への道が閉ざされてしまったとかで、結局「観念して」家業を継ぐことになったのである。そうなってみれば、ジタバタするのも恰好悪いと考えたのであろう。今日は「酉の市」にもお参りをして商売繁盛を願ったというのである。久保田万太郎あたりにでもありそうな、やや小説めいたストーリーの感じられる句であるが、それなりに「酉の市」の雑踏も空想できて面白い一句になった。(本井 英)

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