先日20周年を祝った小春会が、新たな20年に向けて始動。代々木公園を吟行しました。天候は絶好の余寒日和。ホカロンも効かないほどの寒さでした。五十年前の東京オリンピックの折りの選手村の建物が再現されていて、面白かったです。咲いているもにはロウバイ、梅も若干綻んでいました。句会場は青少年センター。イヤ、立派な設備でした。夜分は番町句会、明日は早朝から、小海線に乗りに出掛けます。英
小春会に伺いました。英
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「いぬふぐり」 大島等閑 選 犬ふぐり農夫は踏むをためらはず 玉井恵美子 畔道の果てなく続く犬ふぐり 老いてなほ恋心ありいぬふぐり 清水明朗 畦に茣蓙広げままごと犬ふぐり 三上朋子 畔道に昼餉置きあり犬ふぐり 鈴木やよひ ただ中に糞りたるもの犬ふぐり 本井 英
寒鴉胸膨らませそこに居り「そこに居り」がいいですね。「をりにけり」でも句にはなるんですけれども、「そこに居り」だと、ずいぶんと近いところにいた。人間同士、あるいは人間と動物の間にある距離があって、それ以上近づかない。その時に人間と鴉のあるべき距離を超えて、ごく間近にいた。「そこに居り」に、この句の実在感があって、面白いと思いました。
あの用事この用事して日脚伸ぶいいですね。ちょうどこれから二週間くらいが、「日脚伸ぶ」頃です。立春になってしまうと、もう「日脚伸ぶ」とは言わない。冬の終わりの頃に、ちょうど日の暮が段々遅くなり始める。日の出はまだどんどん遅くなる。日の入も遅くなる。冬至は日の出ているのは、一番短いんだけれど、日の出の時間は二月近くなった方が遅くなるし、日の入が一番早いのは、十二月の第一週か第二週。そのずれを俳人は知っていて、「日脚伸ぶ」という季題を作った。冬がもう終わろうとしている、ああ、やれやれという気持ちがどこかにあります。「日短か」の頃には出来なかったんだけれど、「あの用事も、この用事もすんじゃったわ。」という、主婦ならではの句だと思って、面白いと思いました。
山の湖の氷凸凹陽を受けて何処でしょう。榛名湖とかね、赤城の大沼とか、そんな山の上の火口湖を想像します。朝の早いうちはぼーと氷の表面が見えるだけなんだけれど、日が差してきてみると、存外凸凹していて、そんなに真っ平らではないということに気がついた。もちろん穴釣をする人などもいて、凸凹だったという、一つの発見ですね。この句、掲句のようでもいいし、「山の湖の氷凸凹朝日受け」でもいいです。「朝日受け」とすると、さっきの僕の解釈の一つの「夜のうちはわからなかったけれど」といった感じがあるかもわからない。
満面に初日や君が御笑顔としなくては。元の句、「満面に初日や君が御顔」。「みかんばせ」「おかんばせ」でも変だから。日の出前から初詣にいらしたんでしょう。そして初詣を終わって、下向道を歩き始めたら、ちょうど初日の出る時間になって、その初日を顔全体に受けた、君の顔がいいなあとしみじみ見たということだろうと思います。
持ち歌は妻を娶らば屠蘇の宴屠蘇の宴ということで、新年会だということがわかります。忘年会というと職場とかが多いけれども、新年会か屠蘇の宴というと、家の長者を中心に一族郎党が集まる。おじいちゃん、おばあちゃんがいて、孫達がいる。兄弟がいる。従兄弟がいる。そんな中で大分お年を召した方が、普段は歌わないんだけれど、歌えというと、かならず与謝野鉄幹の「妻を娶らば」の歌を歌う。