月別アーカイブ: 2012年11月

花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第48回 (平成17年11月11日 席題 八手の花・鷲)

初冬の御慶事近き重警備

 これは一つの挨拶の句。あるいは時の句ですね。こういうのがあっていいと思いますね。あんまり写生写生といって、眼前の句を、客観写生だけすればいいんだと言っていると、俳句が痩せてくる。こうした時のご慶事を種草として詠むというのも、挨拶の句の一つのありようだと思います。

髪染めし娘も畏みて爐を開く

 「爐開き」が季題ですね。風炉で座敷の中で動いていた風炉が終わって、爐が開かれて、爐開きになった。「髪染めし娘も」というので、やっと茶髪っぽいということがわかるけれど、髪染めし人といえば、年配の人が髪を染めていることになるので、これはなかなか危険な使い方ですね。

生垣に茶の花の白点々と

 平凡な句のように見えるけれど、リズムがいいですね。そして一つ見えたら、次々見えたというプロセスが、この語順から見えてくると思います。

秋天にランナー街を埋めつくし

 どなたか「ランナー街」とお読みになってたけど、そう読まれる危険がある。 ふつつかとは言いませんけど、若干不注意な部分もあるかもしれません。でも、この句の面白いのは、いかにもシティーマラソン。いかにも健康志向の人たちが寄り集まっているという、ちょっと悲しい気もするんだけれども、そういうことを皮肉を籠めて、面白いと思います。

止まり木をむずと掴みて檻の鷲

 なるほど止まり木は鳥が止まる為にある止まり木が原義で、バーにある止まり木はその次に使ったことばなんだけれど、こう言われてみると、檻の鷲がバーに来たような感じが若干する。ま、そんなことをおいて、「むずと掴みて」というところに猛禽類、しかも猛禽類の王者と言われる鷲の感じが出ていると思います。

丸木橋渡れば急な登山道 やすし (泰三)

 またもや久しぶりの更新となってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいの泰三です。

 季題は、登山道で登山の傍題。夏の題である。山中の川に丸木橋が架かっている。ここまでの道は、比較的ゆったりとした道であった。しかし、橋を渡ると急に険しい坂が続いているようだ。ここから先に進むには一寸した覚悟が必要。「渡れば急な」という中七のリズムが良く、とんとんと気持ちよく登っている様子が目に浮かぶ。

12月号校了。英

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朝10時から新宿で児玉和子さんと二校をして、サンメールの大森さんにお渡しました。その後新宿百人町の俳句文学館で調べもの。文学館の山茶花が盛りでした。図書室はこんな具合。夕方からは大手町で、菱の実会があります。今日の兼題は、時雨、七五三、落葉。只今、苦吟中。英

花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第47回 (平成17年11月11日 席題 八手の花・鷲)

一面の銀杏落葉の海の中

 「海の中」がいいですね。つまり暗喩なんですね。如しと言わないで、銀杏落葉の海だと言い切ってしまっている。そこに力強さがあって、どこまでも明るい。僕は銀杏落葉は舞台のフットライトを浴びているような感じがよくするんですけれど、他の木と違って、湿っているもんですから、遠くへ飛ばない。歩いていても、音がしないでしょう。その明るさと、その平坦に散り敷いているところを、海と捉えたところがなかなかよい。

うち揃ひいざ快晴の紅葉山

 これ、面白いですね。紅葉狩りということなんですが、もともと観桜、観楓というのが日本人の中世以降の二大楽しみなんですが、その観楓、普通は行厨を持って行くんですが、この「いざ」というと、いかにも歩け歩けおじいさんみたいな感じで、「さー、いくぞ。」出欠を取って、全員揃いましたから行きましょうというような感じでしたね。

音も無く山茶花の散る日暮かな

これはいい句でした。地味な句だけれども、いかにも山茶花の感じです。椿ではないんです。椿だとぽとっといってしまうんですが、山茶花は一枚一枚しかもだらしなく散る。そのだらしない散り方が山茶花で、よくご覧になったなと思って、この句は感心しました。

参道の茶店の脇に大根畑

 あまり流行ってないお宮さんなんでしょうね。むかしはなかなか立派だったんで、今は落ちぶれて参道に茶店がちょっとあるような、大根畑になっている。昔は殷賑を極めた神様なのかもしれません。神様にも流行すたりがあるわけで、今はすたった状態になっておる。

旅にありてふと目覚めたる夜寒かな

 元の句、「旅にありふと(後略)」。「旅にありて」と、字余りになさった方が、夜寒の気分が出ると思います。「旅にあり(後略)」だと、リズムがよすぎて、夜寒の気分が出てこない。