今日は、永田泰三さん宅で八千代句会がありました。当初、旧印旛村の吉高の大桜に吟行に行く予定でしたが、うまく開花時期に合いませんでした。次回は、5月6日の予定でした。 ワッフルにクリームはさむ花の昼 かおる
八千代句会。(前北かおる)
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朝7時出発。三春の滝桜を目指しました。貸しきりバスで約一時間。駐車場にはすでに車の群れ。入場料300円を払い、五分ほど歩くと、それは見事な巨木が姿を現します。花は一輪。咲いていました。満開の頃を心の中で想像してまことに満足な気分になれました。ついでは三春城趾へのぼって三春の春を満喫しました。再びバスで会津に引き返し、市内でわっぱ飯の昼食。これが美味かった。午後は一行の川内由美子さんのコレクションを県立博物館の企画展として拝見。素晴らしい雛道具がいっぱいでした。午後3時からは館内の会議室を拝借しての俳句会。昨日のに続いて写生のよく効いた句が沢山出ました。今夕はこれから、打上の夕食です。明日は「夏潮」運営委員会が東京であります。
蛞蝓(なめくじら)ビルの五階の植木にもさ、ビルの五階がどんな所なのか、五階建て、八階建てのマンション、どういう所でもいいんだけれど、そういうマンションの立派なテラスに、植木がある。あ、ここのお宅も五階ですね。ここかもしれませんね。ともかく立派な植木をテラスに出しているお住まい。「あ、どうやって、このなめくじが来たのかしらね。」「どうやって、上がってきたのかしら。」という、軽い興味ですね。
擬宝珠の筋目正しき葉の茂り季題は「草茂る」です。季題を「擬宝珠」にすると、花が咲いていることになります。ただ「茂る」というと、木が茂ることになります。どちらも夏の季題です。たまたま茂っていたのが、擬宝珠の葉で、その葉の筋目が実にきちっとしてをった。擬宝珠は「こば」「おおば」の二つの種類がありますが、そんな擬宝珠の感じが出ていると思います。
そびえ立つごとくに咲きて栃の花うまいですね。なるほど、栃の花の咲き様は、そびえ立つごとくというとおりだと思いますね。元の句、「そびえ立つごとく咲く花」。咲く花の「花」はいらないですね。「花」が重なって、効果が出ないですね。栃の花って、こういう風に咲くんですよ。という強引さが、表面に出てしまう。それよりは、もっとさりげなく、「そびえ立つごとくに咲きて」となさった方が、さりげなさの中に、かえって実情が見えてくる。元の句だと、景そのものよりも、作者の顔が見えてしまう。
新緑の小山突き抜けカルデラ湖元の句、「新緑の山突き抜けてカルデラ湖」。作者の場合はトンネルみたいなところがあって、新緑の山で、トンネルを抜けて出たら、その先にはカルデラ湖が広がってをった。という、外輪山にトンネルがあって、それを抜けたんでしょうね。元の句はね。僕は最初、そういう風に思わなかった。カルデラ湖から島山が突き出ているという感じがした。ちょうど洞爺湖かなにかにありそうなね。普通は「新緑の島が浮かんでいる」というような凡庸な表現だけれど、それを「新緑の小山突き抜けカルデラ湖」というと、中央火口丘がカルデラ湖を突き抜けている。下から上へぐっと盛り上がる力が、カルデラ湖を突き抜けて、押したのかと思うと、「あ、なるほど。洞爺湖あたりの感じだな。」と思って、そういう風に読んでしまったんですよ。勝手に。ところが、披講をうかがってましたら、「ああ、そうじゃない。もしかしたら作者が考えていらっしゃるのは、トンネルかなにかで外輪山を突き抜けて出てきたら、カルデラ湖があったというのかな。」と思って、だとすると、採らない方がよかったかなと、今、反省してるところです。「島山がカルデラ湖を突き抜けて出ていた」というと、ひじょうに力強い感じがありますね。
鍋ふたつ筍と蕗煮えにけり面白いですね。大鍋だっていう感じがしますね。筍は煮てるっていうんで、よほど上品な筍なら別ですが、普通筍を煮るというと、大きい鍋になります。それに何と言っても、匂いですね。この二つが同じ台所で煮えた時の匂いが、どんな匂いかしらと思うと、不思議な感動を覚えます。どこかの大きなお総菜を作る所とか、お弁当を作る所とか、そういう所なんでしょう。普通の家庭の食事時のというより、何か人様に供する為に、筍と蕗を煮ているというように、私は感じました。