雨月かな畳敷きなる中廊下 児玉和子 金蛇の心拍二つ二つ打つ 羽目板を繕うてあり獺祭忌 秋冷や子規枕頭の地球儀に のうさばを吊りて空家の軒の鉤 藤永貴之 子規庵の庭のそこここ蚊遣香 木村美智子 川風が花葛の香を寄せて来し 田中 香 蟷螂の啖(クラ)ふや翅は散りこぼれ 青木百舌鳥
雑詠(2017年1月号)
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雨月かな畳敷きなる中廊下 児玉和子 金蛇の心拍二つ二つ打つ 羽目板を繕うてあり獺祭忌 秋冷や子規枕頭の地球儀に のうさばを吊りて空家の軒の鉤 藤永貴之 子規庵の庭のそこここ蚊遣香 木村美智子 川風が花葛の香を寄せて来し 田中 香 蟷螂の啖(クラ)ふや翅は散りこぼれ 青木百舌鳥
季題は「夏の大三角」。虚子編『新歳時記』をはじめ、多くの歳時記類では未だ立項されていないようであるが、戦後のある時期から、一般に普及した言葉。夏の夜空の中天近くに揚がる三つの星座、「白鳥座」「鷲座」、「琴座」のそれぞれの一等星、「デネブ」、「アルタイル」、「ベガ」を結んで出来る三角形である。丁度「天の川」とも重なって、牽牛・織女の物語にも登場する星々である。どこかの高原とか海辺とか、見晴らしのいい場所にキャンプにでも行かれたのであろうか。夏の夜更けの天球を仰ぐと、誰の目にも明らかに、その三つの星がそれと判ったのである。その「三角」を目で追った作者は、自分が今、丁度その「真ん中」にいると感じたのである。
そんなロマンチックな、若干の自己愛に支えられた幸せな時間が思われる。作者が女性であることに寄りかかって鑑賞すれば、家族のなかでの「真ん中」という幸福感が、こんな言葉を呼び起こしたのかもしれない。 (本井 英)
わたくしが真ん中夏の大三角 磯田和子 老鶯や川筋烟る旅の朝 蟬穴へ亭午の日射し届きをり くちづけと云ふは真つ赤なトマトの名 南瓜ひとつ腹のあたりで渡しけり 田中 香 一の橋二の橋皐月三の橋 宮川幸雄 喪服着てやゝ児あやして百日紅 永田泰三 山裾に沿うて落ちゆく冬日かな 藤永貴之
ドトールまでは 本井 英
雨さらさら龍の玉には及ばざる 龍の玉描くに叶ふ岩絵具 小流れのよろこび走り芹へ跳ね 梅林に入りて消ゆる径かな 梅の枝くぐりて少しよろけたり
その刹那目白の背に梅の影 梅林や送風塔も設へて あちこちでチャイムサイレン梅の午 梅蕾つぶつぶあるを剪定す 剪定や他人の話をうはのそら
剪定やラジオの音をめいつぱい 春川のおなじ早さの出会ひをり 盆梅も金鍔もすき老いたりな 花少ななる盆梅もよろしけれ 春の風邪ドトールまでは出て来たる
水替へて根がうれしさうクロッカス 筑波嶺の青く低しよ梅の風 野梅とて咲き満ちあれば華やかに 日面に長けて川曲の仏の座 朝日より夕日がやさし梅の散る
右横書き 本井 英
初富士へ金烏傾きそめんとす 双六の折れ目に駒のころげけり 迎春と右横書きを掲げたる なまはげの今年雪無き道を来る なまはげの帰りゆくとき小さかりし
坊ごとに今日のお届け凍豆腐 寒椿落ちて氷にころがれる ゆつくりとぶつかることも寒の鯉 釣りよせて少し抗ひ寒の鯉 寒鯉のふかく湛へしインク色
川風にことさら寒しふくらはぎ 海猫とならべば華奢に都鳥 寒天に消防ホース吊るし干し 川涸れて取水ホースの横たはり 探梅に熊鈴もがな径細り
尉鶲枝つかむとき裳裾派手 大屋根の寒の乾きの蕪懸魚 日脚伸ぶ聖夜の星がまだ窓に 列柱の南都銀行日脚伸ぶ 陽石に紙垂めぐらせばあたたかし