花鳥諷詠心得帖20 二、ことばの約束 -12- 「漢字(仮名の出現)」

本稿を愛読して下さっている、筆者の中学時代の恩師から、本欄について叱られた。

誰でも判っているような話をだらだら書くのは貴重な誌面の無駄遣いであると。
洵に先生の仰る通りなのだが、日本語についての筆者の「復習」のつもりということでお許し頂きたい。

前回触れた通り、大和の国家経営にとって漢字は大切なツールだった。
従ってその読み書きに堪能な帰化人は役人として重宝された。
それが「史人(ふひと)」と呼ばれる人々だ。
彼らは家の芸として漢語・漢字を操り、代々その職に就いた。
しかし帰化人達の漢字能力も、子や孫の代になると大和言葉の日常生活の中で徐々に衰えていく。
そんな環境の中で漢字使用の日本語化が進んでいったに違いない。

一方、日本のさまざまのことを「漢文」で表現して行く上でどうしても漢訳出来ない部分がある。
例えば固有名詞だ。
そこで漢字の「音(おん)」に頼って日本の固有名詞を漢字で表記してしまう方法が工夫された。
丁度近代になって英語で表現できない地名などをローマ字で表現したのに似ている。
(山上の)オクラという人名を「憶」と「良」の字音を利用して「憶良」と表す類である。
このように大和の言葉を漢字で表現したのが所謂「万葉仮名」である。

仮名とは呼ぶが見た目は漢字の文字列そのものである。
つまり「万葉仮名」という文字があるのではなく、「万葉仮名」という漢字の使用方法があるのだ。
因みに「仮名」の対立語は「眞名」、漢字の本来の使用法の意である。
これらの万葉仮名の字体が時間とともに「草書体」となって行くと「草の仮名」、
すなわち今の「ひらがな」になって行く。

ひらがなの出現は基本的には漢文を修得しないことになっている女性達に筆録の機会を与えた。
やがて女流歌人が活躍し、『源氏物語』や『枕草子』が登場する素地が用意されたことになる。
それでも男は何処までも漢文で公的事務をこなし、日記も漢文で記す。
再び現代の英語と日本語の関係に準えるなら、男は毎日オフィスで英語の書類を処理し、
日記も詩も英語で楽しむ。
一方女性は家庭内にあって日本語で暮らし、手紙や和歌はローマ字でつづる、といったところか。

ここで一つ重要な事がある。それは当時の男性が女性と心を通じようとするなら漢文では駄目で、
宜しく和歌をもって語り掛けなければならなかった。
ということは原則として漢語は使用出来ない。
勿論その根幹にはもっと呪術的な理由もあるのだろうが、ともかく和歌に漢語は現れない。
明治に至って新派の歌人達が大革新を行うまで和歌はどこまでも「大和詞」で綴られたのだ。

この和歌ならびに純正連歌の厳格な語彙制限に風穴を開けたのが「俳諧」。
次回はその辺のお話。(つづく)

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