亡き母が門火跨いで来たりけり 矢沢六平(2013年12月号)

 季題は「門火」。盆の「迎火」、「送火」の両方を言ったものだ。この句の場合は「迎火」。精霊様が間違いなく、我が家を訪れてくれるための印である。夕方、家の門口に出て「迎火」を焚いていたら、遠くからすたすたとやって来る婦人があって、誰かと思っている内に「〇〇ちゃん、元気にしてた?」と言いながら「門火」を跨いで、勝手に家の中に入っていったのである。幻視と言ってしまえばそれまでだが、この時、作者には全く疑う余地も無く「母」はやって来たのである。それも記憶のままの、「若い母」であった。「気配あり」でも「来しごとし」でもないところに、作者の「母」を恋う切実が迸り出ており(勿論、作者は、それを狙っていたわけではない。)、読む者の心を打つ。(本井 英)

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