名古屋のビジネスホテルに目覚めて新幹線に乗車、芦屋に向かいました。毎月、虚子記念館の地下ホールを拝借して10年以上続いている勉強会に伺うためです。今日の材料は、虚子の明治期の写生文。小説家虚子の誕生、前夜の様子が良く見えました。英
名古屋から芦屋へ。英
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切符買ひはや旅心梅雨晴間「はや旅心梅雨晴間」というリズム感は、僕なんかが作らないリズム感ですが、晴子先生にこういうのがありましたね。不思議なリズム感。これも俳句なんでしょうね。自分が作れないリズム感だから採らないというのは、選者として、あまりに狭量で、ああ、こういう言い方もあるんだなと思っていただきました。
座して待ついざこれよりの夏料理すごい夏料理が出てきそうですね。『美しき緑はしれる夏料理』というのが、立子先生にありますけれど、この「さあ。」ていうのがね。この句の面白いのは、卓におしぼりくらいしか出てなくて、何もないというのがわかって、「さあ、これから出てくるらしいよ。」それこそ、さきほどの沖膾とか鮎が石の上載ってるとか、そういう感じがあって、面白いなと思いましたよ。このリズム感、いいですよ。このリズム感をお持ちならね、あの蚊帳の句の破調は損。「虫一匹も許すまじ蚊帳をつる」「蚊帳つって虫一匹も許すまじ」とすると句になる。このリズム感を持っているんだから、あの句ももう少しリズム感を考えればよかったかと思います。
池深く沈みて鯉の酷暑かな面白い句ですね。寒中は深い所にもぐります。大体三、四十センチくらいの池でも、かならずそこに一メートルくらいの溜まりを作っておくもんなんですね。鯉を大事にする人は…。底の水温が高いですから、寒中は底にぐーっと沈んで、動かなくなる。寒中の時は、皆知っているけれども、なるほど酷暑の時もそうかもしれない。水の温度がすっかり上がってしまっていた。ほんとうは寒中に沈むような深みに、鯉が沈んでいた。ちょっとした発見で、面白いですね。そして「鯉の酷暑かな」というアリタレーション(頭韻)の感じもいい感じ。日本の詩にはライム(脚韻、押韻)とかアリタレーションというのは、あまりないんだけれど、でも俳句の場合、リズム感の中に実はアリタレーション、ライムよりはアリタレーション、鯉の酷暑の「こ」の重なりに、ある軽快さがあって、いいと思いました。
梅干の一粒ずつの陽の香りちょっと気取った句ですけれどね。若干気取りがあるけれど、「一粒ずつの」というところに、景が目に浮かぶ要素があると思います。
もろこしの甘さ少年の日の夢よこの字余りはいいと思いますよ。なるほど、もろこしを甘いと思って、かじった頃のさまざまの夢。今、思い返して、どうだろう。それを今、ある年齢になって、もろこしを食べながら、思い出しているということだろうと思います。