小沢藪柑子さんが「詩歌梁山泊」11月23日号に作品「パブリック・フットパス」10句を発表されています。
是非ご覧頂き、ご感想など頂戴できればと存じます。
パブリック・フットパス 小沢藪柑子
夏潮第零句集、今月は冨田いづみさんの『島』。
いづみさんは、昭和四十七年東京都生まれ。平成十年、慶應義塾志木高等学校勤務時代に本井英主宰と出会い、俳句を始め『惜春』に投句を開始、その後『夏潮』に参加されている。最近はお忙しい中でもコンスタンに吟行会にも参加されている。
主宰の序文にもあるように、非常にマイペースで独特の感性をお持ちである。マイペースと言っても他人を不愉快にさせるようなものではなく、周りをほんわかとさせてくれる女性である。
それは家族を詠んだ句が12句もあることからわかるように、非常に素晴らしい家庭で育たれたからであろう。
俳句にもそれは表れていて、独特の擬態語、躊躇わない比喩の活用、難しくなくスッと入ってくる句のリズムなどが彼女の俳句の特徴であろう。ご自分の体内から沸き起こるリズムと季題との交感の波長が一致した時、穏やかながら我々をうならせる句を見せてくれる。
一方で、ご自分の体内のリズムの句を詠まれているので、100句並べてみると単調な感じを受けてしまうことも否めない。古今東西の先人の俳句を詠みつつ、新たな境地へと踏み出されることも期待する。
フラメンコ踊りだしさう大椿 いづみ
→季題は「椿」。初作の頃の句だと思うが、思い切った比喩が成功している。言いっぱなしのぶっきらぼうな表現も、大椿の美しいがちょっと取り付く島の無い様子とマッチしてる。フラメンコの赤と椿の赤、ドレスの裾と椿の花びら。なるほどと感心した。
熱燗に共働きの夜更けかな いづみ
→季題は「熱燗」、寒い夜の寝酒として飲むものが季題となっている。
いづみさんの家族の句の良いところは、甘くなり過ぎないよう事実を季題に託して淡々と読んでいるところである。
この句も共働き疲れ切っているが、「熱燗」が悪い愚痴のこぼしあいの材料でなく、前向きな明日への活力となっているところが良い。
下五切字の「かな」が持つポジティブ力のお蔭であろう。そう考えると俳句形式を充分に活かした一句といえよう。
豊の秋ばんばの尻のまどかなる いづみ
→季題は「豊の秋」。いづみさんは旦那様共々の競馬好きである。これは北海道の「ばんえい競馬」を取材された時のものであろう。サラブレットの走るために研ぎ澄まされた体系とはまた異なる、大型で橇を引くための輓馬の様子を写生された。
「天高く馬肥ゆる秋」の通り、この季節の馬の毛艶はまことに美しい。特に秋の濃い日差しを跳ね返す栗毛などの馬の美しさには息をのむばかりである。余談だが、私が10年以上前の天皇賞・秋のパドックで間近で見たサイレンススズカの完成された馬隊が15時の日差しに輝く姿は今でも忘れられない。閑話休題、この句は輓馬の尻を「まどか」と詠んだところが手柄。ローカル競馬の趣が描けている。
その他印をつけた句を以下に紹介したい。
山盛りのムール貝食ふ遅日かな
白梅や夜空に星のごとくある
父よりも母がえらくて更衣
春を待つ心や君を待つに似て
落葉して沼に波紋のひろがらず
父母と別れてよりの花疲れ
フリージア音符のやうにつぼむかな
春泥をぬんぬん踏んで登山靴
島の子と星座たどれば流れ星
ちくちくとロッジの毛布厚きこと
吹き晴れて吹き晴れてゆく四温かな
(杉原 祐之 記)
(11月25日追記)
冨田いづみさんにインタビューをお願いしました。
Q:100句の内、ご自分にとって渾身の一句
→島の子と星座たどれば流れ星
渾身の一句というより、タイトル『島』、西表島での思い出の一句。
これからも島の句をたくさん詠んで行きたい。
Q:100句まとめた後、次のステージへ向けての意気込み。
→「いづみさんの句」とわからないような句にチャレンジして行きたい。
もっと馬の句も詠んでみたい。
Q:100句まとめた感想を一句で。
→駆け抜けてその先にある冬日かな
冨田いづみさんは、平成十年、本井英主宰と同じ慶應義塾志木高校に勤務なさっていた縁で俳句の世界に入られた。現在は俳人協会にも所属されている。
本句集の表題は『島』であるけれども、句集前半では家庭の周辺、特に食卓について詠まれている句が多く、作者の句作における興味の入り口がそのあたりであったことが窺える。
土用鰻父退院の日なりけり
しかられて少し嬉しく秋刀魚食ふ
秋刀魚焼く母大根をおろす父
上記三句はいずれも温かな家庭の情緒を備えていて、構えるところがなく素直な詠みぶりである。こうした柔らかなタッチは本句集に一貫して見られ、たとえば寂莫たる流氷の景であっても、作者にかかれば丸みを帯びてくる。
流氷のきゆうきゆう淋しそうに鳴く
後半では、作者の眼差しがより広い範囲に向けられているようだ。一句ずつ句評を試みる。
すすきの穂するするつかみ尾根歩く
標高1,000mに足りぬほどの低山であろうか、尾根に生える芒の穂を掴むともなく掴みながらの山歩きである。擬音語の効果により、作者の軽やかな足取りと、延いては秋の稜線の清々しさが伝わってくる。
オレンジの尻がぼうんと雀蜂
スズメバチをよく見かけるのは晩夏から初秋であると雖も、蜂は春の季題である。「尻がぼうんと」というのは腰の細さに対比しての表現であろう。腰細といえば美人の形容であり、またジガバチの俗称でもある。スズメバチは、ジガバチよりか随分グラマラスな体型であるから、特に飛翔中は腹部の量感が目立つ格好になる。働き蜂が全て雌であることも考慮に入れれば、本句の表現は適切である。
パドックの馬の歩様も秋日和
好晴の競馬場の景である。勿論馬の歩みは調子次第であるから、そこに秋日和を感じるのは気持ちの問題であるけれども、競馬場の広さと、この季題の伸びやかさが調和し、説得力を保持している。
島風と思ふ秋風かと思ふ
島内を歩く作者に一陣の風が吹く。はじめは何気なく島風と認識したものが、あとになって、「いや今の風には秋の色があった。やはり秋風か」と思ったということであろうか。春風や北風では、吹いた傍から認知できるためこういう情緒はない。秋風らしい句であると思う。
稲垣秀俊
杉原です。トロンロとは今日でSummer Timeがようやく終わります。朝8時近くなっても暗かったので寝坊が続いておりましたので助かります。
さて、今年も懲りずに「角川俳句賞」に応募し落選した前北かおるさんと杉原が「週刊俳句」の「落選展2012」へ50句を出展しております。
関係各位からのコメントを待ちしております。各作品のコメント欄に忌憚のないご意見をお寄せください。
「週刊俳句」第289号(2012年11月4日)
作者の宇佐美氏はソムリエールである。その実力は序文で山本道子氏も認める所だ。その研ぎ澄まされた感覚は、句作にも大いに生かされている。
木犀の香りが朝の人波に 美紀
オレンジの街灯ともり秋の雨
前者の句は嗅覚によって、後者の句は視覚によって特徴づけられる。香りが木犀の芳しさを、街灯の色が秋雨の静けさを浮かび上らせ、それぞれ詩情のある句を作り上げている。
ひとつの情景に五つの感覚を働かせるその姿勢は、次の二つの句からもうかがえる。
雨音のだんだん鈍く雪となり 美紀
菜の花のちらちら揺れて香も立ちて
聴覚と視覚、視覚と嗅覚を同時に働かせることによって、奥行きのある描写を句にもたらしている。雨音から雪へ、花から香りへという景の移り変わりをさりげなく描き出しているのだ。
その独特の感性は、時に次のような不思議な味わいのある句を作りだす。
朧夜の風も運河もやはらかく 美紀
夏用のシャンプーに今別世界
宇佐美氏の句は、ひとつの景に対し五感を働かせて句を作ることの大切さを我々に教えてくれる。できればワイングラスを片手に、これから挙げる七つの句をはじめとする同氏の作をじっくりと味わうようにしたい。
スカートのふはりと浮きて春の風 美紀
「春の風」は四月の季題。何もかもが春らしくなるこの時期、スカートをはいて出かけたくなる女性も多いだろう。「ふはり」と浮くその様が、春風の穏やかさ、柔らかさを感じさせる。また、風に揺れるスカートの軽やかな質感も、この季節にふさわしい。
松茸の香り秘めたる器かな 美紀
季題は「松茸」。何といっても、松茸の美味しさはその香りにある。この句に描かれている器にも、松茸が入っているのだろう。固く閉ざされた蓋を開けると、その芳しい香りがほのかに漂って来た。これを「秘めたる」という言葉で表現する所が上手い。
地下道を抜け全身に若葉風 美紀
暗い地下道になじんだ眼には、地上の光が何ともまばゆい。出口を上り外へ出ると、そこへ暖かな風が吹いた。その風が周りに生い茂る緑の息吹と共に、初夏の明るさを運んで来るように感じられた。新しい季節の訪れを、作者は文字通り「全身」で受け止めている。
秋晴を少し歩きて汗ばみて 美紀
「秋晴」は十月の季題。この時期、天気のよい日に外を歩くと、まだ少し汗がにじむ。だがこの汗は、暑いころのそれに比べると決して不快なものではない。「汗」は夏の季題だが、ここでは秋晴の中を歩く楽しさ、心地よさを表すものとなっている。
煙突の煙昇りて雪景色 美紀
周りは一面の銀世界。その中に、長い煙突をつけた一件の家が見えた。家の煙突からは、白い煙が鉛色の空へ静かに昇って行く。きっと家の中では、暖炉に薪をくべているのだろう。寒い季節のささやかな人の営みが、温かな情感と共に描かれている。
咳込みて咳込みてもう夜明けかな 美紀
「咳込みて咳込みて」という言葉の繰り返しが上手い。人が咳をするリズムを連想させるのと同時に、風邪をひいたにも関わらず眠れずにいる苛立ちを巧みに伝えている。こんな辛い朝が来ても、仕事に行かねばならないのだろうか。
江の島の深き緑や波の音 美紀
季題は「緑」。海水浴のシーズンを待たずに、作者は湘南の海に来た。江の島を見ると、木々の深い緑に覆われている。間もなく暑い季節がやって来て、この海も人でごった返すのだろう。そう思うと、打ち寄せる波の音もいつもより大きく耳に響くように感じる。