田中香さん「雪兎」を読んで(冨田いづみ)
「季題に心を集めて俳句を作るとき、私は人生のあらゆる側面に何かしら光るものがあり、それ故、人生は生きる意味があると感じることができる。その肯定感に安らぎを覚える。」
香さんにお会いしたい!
「跋」のこの美しいフレーズを拝見し、まずそう思った。
そうそう、わかります。仕事などでカリカリ(たまには私もカリカリします。)しているときでも、俳句を作りながら、ふと幸せになれる。季題と、今生きている私の気持ちが通じ合った(と私の場合は勝手に思っている)とき、その季題の中の光るものに魅かれて一句を授かるとき、なんとも言えないゆたかな心持ちになる。
さて、いくつか句評を試みたい。
こんな凛とした素敵な先生だったら、生徒も学校が好きになってしまうだろうなあ。私も思わず高校の校舎にタイムスリップ。
教室の窓いつぱいに風花す
3学期末の試験の最中、香先生と3年生の生徒のいる教室でのこと。問題児も成績優秀な子も普通の子も、皆まじめに答案に向かっている。ひとりひとり香さんにとって大切な生徒。この試験が終われば卒業していくのね。そんなことを考えていると、ふと晴れた空から風花がキラキラと舞って教室の窓いっぱいに広がって見える。いずれはこの教室を卒業していくキラキラ輝く生徒達と風花と、なんとなくふたつが重なって、香さんのやさしさを感じる一句。
卒業歌終はり講堂静もれる
振り返る背の頼もしき卒業子
香さんの句は、観察力と的確な言葉遣いが魅力である。
葉から葉へ渡り終へたる蝸牛
本当にじっくりと蝸牛を見続けたのだなあと、その観察力に俳人らしさを感じた句。「渡りたる」では物足りず「渡り終へたる」とされた言葉遣いがうまい。よ~っこいしょ!という蝸牛のスローな動きが見えてくる。
かつと口開けてをるなる岩魚かな
また少し襟を開いて蕗の薹
高みよりほろと抜け落ち桐の花
瀬戸物のやうに開いていぬふぐり
敷藁をとんと凹ませ林檎落つ
真円に開き初めたる八重椿
感覚的にとらえた句も魅力。
オリオンの伸びのびとある大晦日
冬の星座の代表格、オリオン座。日頃うすぼんやりした夜空も、大晦日には驚くほど鮮明になる。都会にいるとその差を強く感じる。そんな大晦日の夜空を仰ぐと、くっきりとおおらかにオリオン座が瞬いていた。その感覚を「伸びのび」と叙された。おそらく香さんも、「ようやくこの一年が終わった。明日からまた新しい気持ちでがんばろう。」と大晦日を「伸びのび」と過ごされていたに違いない。
タンカーの上に寝そべる秋の雲
けふの日を終へて睡蓮眠りをり
蜻蛉や翅の長さを誇らしげ
こんな句もある。
磯蟹に呟いてみし今日のこと
この句集にはご自分のことを詠んだ句がとても少ない。おっ!?と目をひいた一句。しかも呟く相手が磯蟹とは・・・。
磯を歩いていると蟹にであった。ごつごつした岩を懸命によじ登ったり、寄せる波に素早く穴に隠れたり、きょろきょろと目を動かし、ぶつぶつと泡を吐いたり。なんとも大変そうだ。この蟹なら私の気持ちをわかってくれるかも。「あのね、今日ね・・・。」たぶん大きな悩みではない。些細な、でも人に話すほどでもないこと。磯蟹の「ぶつぶつ」と「呟き」が響き合って絶妙な一句。
香さんのこのような句をもっと見てみたいと思った。
香さんへ
はじめまして、いづみです。
何かの機会に吟行、句会をご一緒できれば嬉しいです。暖かくなったら福岡にも行ってみたいです!
勝手な句評、ご容赦ください・・・。
いづみ