長谷川耿人句集『波止の鯨』本阿弥書店
長谷川耿人(こうじん)さんの第一句集。長谷川さんは1963年神奈川県川崎市生まれ。平成14年に「春月」に入会し、戸恒東人氏に師事。「春月新人賞」「春月コンクール大賞」「春月賞」の3賞を受賞。「春月」同人として中心的な役割を果たされているご様子。
「序文」や「跋」を読むと、氏は東京水産大学を卒業後漁業関係の政府機関に就職、ご尊父の介護のために退職され、現在は福祉関係のNPO法人として活躍されている。
長谷川さんの俳句と言うのは、難しい文学的な用語を用いることは少なく、平易な言葉で詩を紡ぎ出している。また句の形も奇を衒うことなく、如何にも社会の中で真直ぐ働いてこられた方がもつ勤め人としての誠実さに溢れているように思う。
また、お仕事柄魚や釣りに関する句については一歩踏み込んだ表現がなされており感心した。このように句集を読むことで日常の作者の人柄が伝わってくるのは嬉しいことである。
余談であるが私の会社への入社が平成14年であり、長谷川さんの俳暦と重なることとなる。今年は丁度10年目になることもありそういった方の句集を読む機会が多い。自分の来た道と重ねつつ本句集を読んだ。
長谷川さんの作句開始から10年経った最終盤の平成22年の俳句は巧みさが目立ってくる。同時に自己模倣の型が現れてきているのが気になった。ここをどうやってブレイクスルーしていくか、長谷川さんの課題になるであろう。
・風体ではかる腕前鮎解禁 耿人
季題は「鮎釣」。昨年、鵜飼吟行で関市を訪ねた際に見学したが、確かに鮎釣は川の流れに身を置きながら、各種手際の良さとかが必要とされる。
故に風体を見れば腕前が分るということにも納得である。また、下五の「あゆ・かいきん」と言う6文字で7音節のリズムがいよいよ、シーズンがやってくるという昂揚感を伝えるのに非常に効果的である。
・初雪やうつすら焦ぐる紙の鍋 耿人
季題は「初雪」。紙の鍋というのは、最近居酒屋でよく見かける、所謂「お一人様用」鍋を指すのだろう。
初雪が降るくらいなので、相当に冷える夜なのであろう。
馴染みの居酒屋に入り熱燗を傾けながら、「紙の鍋」をコンロで暖めていたら、外の初雪に気を取られたか、それとも話が弾んだのか鍋が焦げてしまった。
軽い興味の句のようで、一人暮らしの男の様子が良く分り、しんみりさせる一句に仕立て上げている。
「初雪や」と言う打出しで句の雰囲気を醸成することに成功している。
●「鰤起し」平成14年~16年
広告の裏に手習ひ啄木忌
煎餅をうらがへす手の皹深し
●「金魚玉」平成17年~18年
石仏の首に継ぎ痕若葉寒
顔寄せてみてもつれなく金魚玉
夜学生ひとかたまりは酒場へと
●「氷頭膾」平成19年
あつてなき船の定員柳絮飛ぶ
出所の言へぬ小遣ひラムネ抜く
新巻のどこで眼の失せしやら
●「潮干狩」平成20年
少年の足は処女地へ潮干狩
闘牛の引き分けてなほ収まらず
一戸建持てば肩凝り蝸牛
源流はまだ雪渓の内にあり
上下を違へし魚拓蚯蚓鳴く
●「小出刃」平成21年
春怒濤波止の鯨の絵をあらふ
弔電のほどかれぬまま鳥雲に
寄港地の湯に古なじみ鰹船
かはらけの欠片の躍る噴井かな
鍋底のことは語らず芋煮会
●「あら汁」平成22年
表具師の糊のさらさら木の芽風
太刀魚の以下あら汁となりにけり
(杉原 祐之記)