投稿者「祐之」のアーカイブ

祐之 について

「夏潮」運営委員の杉原です。 平成二十二年四月に第一句集『先つぽへ』を出版

対象への密着と自己凝視―藤永貴之句集『鍵』を読む_涼野海音(「火星」・「晨」)

 対象にクローズアップする写生を得意とする作家がいる。四Sの中では、「ひつぱれる絲まつすぐや甲蟲」の句で有名な高野素十。

 藤永氏もこのようなタイプの作家に属するのではないだろうか。それは次のような句からうかがえる。

  居並びてみな横顔の都鳥

 一瞬「あっ」と思わせられ同時に納得させられた一句である。季題に対する眼が養われていないと詠めない句であろう。大発見ばかりを詠むのが俳句ではない。

  波の端踏んで歩める恵方かな

 この句も先の句と同様に誰もが見逃しそうなところを詠んでいる。実作者としての経験から言えば、「波の端」という核となる表現に至るまでは苦労されたかもしれない。本句集の序文にあるように、やはり「季題の前にじっと佇んで」詠まれたのであろうか。

  夕立にちから加はり来たりけり

 掲句は「一物仕立」を十分に生かしている。上五から下五まで一気まで詠むことで、夕立が地を打つ迫力を再現している。

 さてこのような対象に密着する詠法は、自己凝視をして詠む姿勢にも通じているように思える。

  立冬と書くや白墨もて太く

 「書くや」・「白墨」・「太く」の「く」の響きが心地よい格調を漂わせている。それはいかにも「立冬」にふさわしく思えた。

  沈丁花鍵を取り出すとき匂ふ

 句集名の由来になっている一句である。跋で作者は語っている、「私は、いつも持ち歩いている鍵を、ふといとおしく思うことがある」と。日常生活への慈しみが、そこはかとなくにじみ出ている。

  春月やわれひとり下り田端駅

 田端駅というと、新宿や池袋などのターミナル駅より、こじんまりしている。そんな雰囲気と春月がマッチしている。作者は帰宅途中にふっと空を見上げたのであろう。

 最後になるが、他に鑑賞したかった句をあげる。

  家の灯の遠くに点り鶴の村

  菜の花に観世音寺の甍見ゆ

  エイプリルフール一日中ひとり

  鵯の声がさヽりて椿落つ

  母よりの暑中見舞の初めて来し

  さみだれやタクシーの待つ楽屋口

  踝のとんがりを蚊の刺しにけり

  男とも女とも見え秋の暮

  アスファルトに出てしまひたる葛の先

 

<変更情報>1月のタイドプール句会 1月19日→12日へ

<変更情報>1月のタイドプール句会 1月19日→12日へ

 

1月のタイドプール句会の開催日が変更となりました。

変更前:1月19日13時~

変更後:1月12日13時~

集合場所は、JR上野駅 上野公園口上野文化会館前です。

 

寒の季題が沢山見られると思います。多くの皆様のご参加をお待ち申上げております。

 

涼野海音さんに第零句集を鑑賞して頂きました!

この度、涼野海音さんに町田優さんの『いらっしゃい』https://natsushio.com/?p=2772

』を鑑賞して頂きました。

涼野海音さんは香川県在住で「火星」(山尾玉藻主宰)、「晨」(大峯あきら主宰)に所属。

平成23年の石田波郷新人賞を受賞されている、まだ若い俳人です。

「夏潮」には「mixi句会」に参加いただいております。近刊の総合誌では『俳壇 1月号』に句を寄せられております。

 

 今後も機会があれば、誌友外の方にも登場して頂こうと考えております。お楽しみに。

「非凡なる把握」―町田優人句集『いらっしゃい』を読む_涼野海音(「火星」・「晨」)

 以前、「トリビアの泉」という番組が流行った。トリビアルは些末なことにこだわること。俳句では、たとえば「欠伸猫の歯ぐきに浮ける蚤を見し 原月舟」のような句が、トリビアリズムの極みであろう。

 このような句の対極にあるのが町田優人氏の句である。季題の大胆な捉え方。これが『いらっしゃい』読後の第一印象であった。ここでは特に共感した句を紹介したい。

五月雨や闇夜どつしり身じろがず

「どつしり身じろがず」に、対象と向かい合うときの作者の心持ちも現れていよう。

顔中に霰あつめて滑降す

 単に霰が降るのではない。「霰あつめて」に作者の主体意識が感じられた。どこまでも一句中で主人公であろうとしている。

金といふ色の中にゐ酉の市

 「ぶつかる黒を押し分け押し来るあらゆる黒 堀葦男」という句を思い出した。「酉の市」の句は背景に具象があるので、イメージが膨らむ。

初空に敷き広げたる都会かな

 「神の視座」とでもいおうか、はるかなる高みで、まるで作者が都会を敷き広げているようだ。

蟲籠の乗り合はせたる夜行かな

 蟲籠という季題にすべてを託し、人物を描いていない。夜行列車に静かな時間が流れている。

いらつしゃいまたいらつしゃい芒原

 巧みな口語がリズミカルに繰り返されている一句である。私の深読みかもしれないが、揺れている芒の穂は、どことなく人間が手を振っているようにも見える。

赤ん坊をねかせるが如春の湖

 「如」を用いた句は本句集に五句あった。この句は上五・中七から下五への飛躍が特に素晴らしい。「赤ん坊」と「春の湖」はまず頭の中では結びつかない。「如」を挟むことで一気に景が広がった。おそらく作者は眼前の「春の湖」から直感的に把握したのであろう。

 このような非凡なる把握の仕方にぐんぐんと引き込まれた一冊であった。

(涼野海音 記)

「夏潮 第零句集シリーズ Vol.4」町田優『いらっしゃい』

「夏潮 第零句集シリーズ Vol.4」 町田優『いらっしゃい』

 

 「夏潮第零句集シリーズ」。第4号は町田優(本名:優人)さん。

 優さんは、昭和四十三年埼玉県生。大学時代に一般教養過程で教えていた本井英と出会い、慶大俳句会に入会。俳句と出会うことになった模様。

 社会人になってからも、お忙しい商社業務の合間を縫って現役の活動に参加いただき、サポートいただいた。個人的にも「慶大俳句」の活動を通じて沢山のことを教えて頂いた。

 誰からも愛される穏やかな先輩で、後輩の少々の失敗や失礼も笑って許して頂いたことが多数記憶しています。昨年、町田さんが結婚されると伺った際には、俳句関係者勢揃いし、人気の高さを改めて認識しました。

氏は、数年前から名古屋に居住しており、「夏潮」創刊後、名古屋支部を立上げていただき、正式に任命されているか不明だが、初代名古屋支部長を務められている。

 

 さて、氏の俳句だがやはり「自然体」であることが、最大の特徴であるといえよう。まさに氏の性格の通り、五七五の定型と季題に決して無理をさせず、自分の世界を詠み上げていっている。言葉を攻め立てるというよりは、自然に対象が持つ言魂が浮かび上がってくるような俳句が多かったです。

 我々の世代の仲間には世に出るべく、「派手な」句を詠もうとして失敗する向きがあるが、氏の場合は真直ぐに「自分の世界」で見えたものを写生されていると思います。そして、その背景としては、俳句の師である本井英に対する絶対的な信頼があるのではないでしょうか。

 今後も、是非町田さんの独特の視線で季題や生活を切り取った俳句を詠んで頂きたい。上五の「すっきり感」は氏の特徴だが、もう少し言葉を攻めて句を仕上げていくことも必要だと思います。

手荷物は頭の所昼寝人 優

 季題は「昼寝」。中七の「頭の所」という大雑把な把握の仕方が町田さんらしい「のどけし」があって大変結構だと思いました。

 「手荷物」「頭の所」「昼寝人」とどれも厳しくない言葉を連ねつつ、緩くない一句に仕上がっています。

釣銭を受く間苗木の育て方 優

 季題は「苗木市」。「苗木市」となると、植物園の「苗木売り」とは違い、的屋の横にちょっとしたスペースを設けて苗木を売っている人たちを想像してしまいます。

 「如何わしい」とまで言うと言い過ぎですが、そこの親父の売り文句に乗せられる形で作者は苗木を買いました。買いはしたものの、若干不安があるのでしょう、「釣銭を受ける間」に二三こと確認を行いました。商品と引き換えに代金は払っていますが、釣銭を受け取るまでの時間と言うのは所有権の移転が成立しているのでしょうか、いないのでしょうか。

 苗木の購入を巡って変化する心理的な手際よく描くことに成功している一句。氏の人柄の優しさも伝わってきます。

 

『いらっしゃい』抄 (杉原祐之選)

梅雨明けや月がまあるくなつてをる

顔中に霰あつめて滑降す

蟹を喰ふ人を見ながら蟹を喰ふ

初空に敷き広げたる都会かな

春の海に胡坐かきたる小鳥かな

一位の實光を宿したりにけり

いらつしゃいまたいらつしゃい芒原

緞帳の開くが如く霧の明け

蝉骸これ程までの軽さかな

風滑り来て藤棚に至りけり

 


関係ブログ

俳諧師前北かおる http://maekitakaoru.blog100.fc2.com/blog-entry-756.html

 


町田優さんにインタビューしました。

町田優さん

2)100句の内、ご自分にとって渾身の一句

鳴ききつて生ききつて蝉落つるかな 優
3)100句まとめた後、次のステージへ向けての意気込み。
一歩一歩。他人の味わい深い句を見つけ、自分の句に変化をもたせ、また選句の目を肥やして行きたいですね。
4)100句まとめた感想を一句で。
清清しき景の広がる冬の丘 優