月別アーカイブ: 2022年8月

課題句(2022年8月号)

課題句「溝萩」    髙橋庸夫 選

溝萩の咲くや帰郷のままならず		前田なな  
飛び〳〵の溝萩明り母訪はな

父母偲びつつ溝萩を手折りたる		江本由紀子
暮れてゆく田に溝萩の色残る		藤田千秋
溝萩の赤紫の揺れ通し		児玉和子
溝萩のこぼれ湧水奔る町		近藤作子

酸実の花日影にはかに夏めきぬ  青木百舌鳥

 「酸(ズ)実(ミ)の花」は「小梨の花」とも呼ばれ、山地の荒地や湿原などで見かける。上高地の河童橋近くの「小梨平」など、この花に因んだ命名であろう。純白な清楚な五弁花は印象深い。「酸実の花」でも夏の季題として採用している歳時記は少なくないが、この句の季題は「夏めく」。つまり一句の主役は「酸実の花」ではなくて、その花を咲かせている木立の作る「日影」の様子から、作者は「夏の到来」を実感したというのである。さきほど「上高地」の地名に言及したが、筆者が初めてこの花を認識したのは軽井沢でのこと。ご一緒だった清崎先生が「ズミだよ」と教えて下さった。この句、つまりは「酸実の花」の咲く頃の信州の「空気感」みたいなものが間違いなくある。それも「日向」でなく「日影」。筆者のような関東者にとって「夏の信州」は憧れの対象、その象徴のように「酸実の花」は咲いている。(本井 英)

雑詠(2022年8月号)

酸実の花日影にはかに夏めきぬ		青木百舌鳥
酒粕は浪乃音なり山葵漬
いささかの蕨をとりて濃き日ざし
来し方を見て葉桜の明るさよ

顔のなきマネキン怖し原爆忌		山口照男
生きるとは凄まじきこと鳥交る		塩川孝治
貰はれて小猫の名前替りけり		北村武子
庭師の手歴然として若緑		馬場紘二

主宰近詠(2022年8月号)

草の底   本井 英

青鳩の旋回したり潮干岩

磯遊のお襁褓ほとびて垂るるかな

赤といふ色のかげろひ先帝祭

一望の卯浪お座敷列車より

橋薄暑脱ぎたるものを腰に巻き



深閑とグループホーム立葵

仰ぎつつ雲のまぶしき花楝

栴檀の花のほとりの登城道

遠ざかるほどに華やぎ花楝

宮若葉と背中合はせに寺若葉



剝ける葉の破けてしまひ柏餅

竹落葉に追ひぬかれたる竹落葉

また一つ繰り出して来し竹落葉

かなへびの背中葉蔭が揺れてゐる

かなへびのぽろりと堕ちし草の底

句碑にまじり墓碑も幾つか庵の梅雨



   湖北四句
井戸曲輪水櫓とて風薫る

河骨の黄をとらへたり双眼鏡

余呉駅が遠くに見ゆる牛蛙

霧雨ややさしき色に麦熟れて