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主宰近詠(2013年10月号)


語らひの鵜  本井 英

積み上げて鵜篝の薪香るかな

鵜匠宿に編みかけてある鵜籠かな

語らひの鵜とや二羽づつ一 籠に

羽色のまだととのはぬ鵜も籠に

鵜匠宿辞してこゝらの夏蕨



青鷺の逃ぐるにあらず遠ざかる

峰入衆今朝出で立ちし村閑か

舟虫とすれ違うたることのなき

思案顔つくりゐる間の団扇かな

炎天や定期便なき滑走路



炎天に第五第六駐車場

炎天へ伸びゆくザイルためらはず

一山の諸仏にけふの溽暑かな

東京はお盆や我等沼にあそび

小為替を待つ逗留や衣紋竹



蟻の道加速減速なかりけり

蓮華かかぐる一茎の小棘かな

百日紅咲くや薬玉割るるやう

露草の紺一点を叢中に

緑蔭のベンチルーペの忘れ物

課題句(2013年9月号)

課題句「虫」			原 昇平選

虫の音や閂させる門の内		藤永貴之
帰郷して何も為ぬ日々虫の秋

通夜の灯の洩るゝ庭先虫時雨		前田なな
何時からか虫鳴く垣となつてをり	津田伊紀子
虫籠に棲むや一肢を欠いたまゝ	本井 英
道の辺の石に腰かけ昼の虫		飯島ミチ
					

うらゝかや礼拝堂の鍵開くる 永田泰三(2013年9月号)

 季題は「麗か」。春のよく晴れて暖かな日射しを感じさせる季題。「長閑」という季題もあるが、そちらはやや気分的に「のんびり」した感覚を伴う。「礼拝堂」はキリスト教における祈禱の場所。「聖堂」とは厳密には異なるが、現在の日本語のおよその感覚では、どちらも「教会」を脳裏に描いていいだろう。その「礼拝堂」の「鍵」を預かっている人物は牧師さんとか神父さんとか、いずれ宗教家と呼ばれる方。明るく、暖かい春の朝、「ガチャッ」と鍵を廻して重い扉を「ギーッ」と開いた瞬間である。薄暗い堂内は、表に比べてまだひんやりした空気を漂わせている。それでも、さすがに「春」。真冬のそれとは違う、希望に溢れた何かを感じさせるものがあった、というのである。「四旬節」から「御復活」にかけての日々が想像される。(本井 英)

雑詠(2013年9月号)

うらゝかや礼拝堂の鍵開くる			永田泰三
木漏れ日の揺れてをり著莪揺れてをり
つばくろの空やすみ〴〵(ずみ)まで晴れて
朝風に薔薇花渦を解きゆく

棒立てゝコップ掛けある清水かな 櫻井茂之 騎馬像の尾より巣立てる雀かな 山本道子 新緑や蘆花旧宅に灯のともり 前田なな 相模湾一望にして鯵を食ぶ 玉井恵美子

主宰近詠(2013年9月号)


孝さんも零さんも  本井 英

      
碧空に松蟬の沁みわたりゆく

北国の玉葱どきの夕日かな

ほつぺたの瘦せてをるなる百合蕾

くちなはに喰はるる番のめぐり来し

揚々と鳶くちなはをぶらさげて



木道が一枚剝がれ蛭蓆

栗の花散り加はりて這ひ出しさう

烈風に吸ひ込まれたり栗の花

差し金をはづれ梅雨蝶高く〳〵

よろしくと囮鮎にも声かけて



鮎釣つて体冷やして戻りきし

電柱が村の入り口金魚草

孝さんも零さんも亡き時鳥

チーズてふ声の明るし梅雨晴間

萱草の花の衿元あぶらむし



十薬の四片は落ちて塔ばかり

夏潮にお襁褓がとれて浸りをり

ついでなる茅の輪くぐりも海の客

ふり返り見たる茅の輪のややいびつ

虫籠に棲むや一肢を欠いたまま