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本井英句集『八月』鑑賞
去る八月一日、本井英主宰の句集『八月』が、角川書店から角川平成俳句叢書の一冊(第十二集)として出版されました。
まことにおめでとうございます。
『八月』は、『本井英句集』『夏潮』につぐ主宰の第三句集で、一九九九(平成十一)年から二〇〇六(平成十八)年まで
八年間の三百十二句が収録されています。
それは主宰にとって、一九九八年八月に久美子夫人を亡くされた後の、二〇〇六年春の慶應義塾志木高校
退職と、
同年八月、念願の一ヶ月間の「日盛会」開催に至る期間でした。
「つねに虚子に思いを馳せて」「俳句のことだけ考えればいい生活」の中で、主宰の永年の夢がふくらんでいきます。
そして翌年八月、俳誌「夏潮」創刊が実現することになります。
「夏潮」編集部では、会員の皆様に『八月』から好きな一句を取り上げて、鑑賞をしていただくこととし、
最終の末尾では有志で座談会を行う予定にしております。
八月や死なれし話死ぬる話 英
「話」という少し距離を置いた表現から、耳を傾けられた他の人の話なのか、
それとも奥様始め大切な方々を亡くされたご自身の話をされているのか定かではないが、
いずれにしても「死なれし話死ぬ話」との軽いリフレインではなく
「死ぬる話」と下五を下六の字余りとされたところが眼目と思われ、しみじみとした余韻の残るお句である。
また死が話題のこの句に「八月」は動かない季題と思う。
朝夜は秋の気配も感じられるが太陽が照りつけ一番暑い頃、
厳しい時候には訃報もあり更に原爆や敗戦という不幸なできごとのあった月でもある。
「八月」という厳しい凛とした響きの内には淋しさや悲しさも漂う。
このような「八月」と「死なれし話死ぬる話」のリフレインの詠いぶりとが響き合い詩情がほどよく醸し出されている。
英先生の「八月」への特別な思いとも合わせこのお句に「八月」の季題は動きえない。
掲出句のように同じ言葉などを繰り返すリフレイン技法の巧みさは英先生俳句の特色のひとつに上げられる。
リフレインにより感動を何気なく強調され、また焦点を明確にし表現を単純化して的確な写生句や叙情句とされている。
第三句集『八月』の中でも擬態語を含めると三十句近くの畳句が載せられているが
どれも真摯な写生の姿勢から成されたもので、だからこそ心に響くお句と拝察申し上げる。
(なな)
紀の神の摘みあげたる春の山 英
紀の国は、神々の
坐
(
イマ
)
す国である。
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野三山をはじめ、多くの古社が鎮座して八百万の神々の
坐
(
マ
)
します国である。
紀の国は、また、木の国である。
重畳と山なみを連ね、深い山々は霧を生み、雲を呼び、雨を降らせ、木を育てる。
その大きな自然の営みは神そのものの存在をそのまま表わしているといえよう。
さて、なんだかもっともらしいことを書きはじめてしまったが、揚句は軽妙である。
紀の国に鎮座する神が、ひょいと摘まみ上げたかのような一つの山。
重なり連なる山々を眺めていた作者は、ある一つの山に目がとまった。
その山の姿が作者の詩ごころをくすぐり、ふわりと春の雲のように浮かんだ一句であろう。
紀の国の神の、春のうららかさに誘われての遊びごころと、作者の春風とともにある詩ごころとがぴったりと一つになっている。
紀の国は、いま春の気が満ちて、木々は芽吹き花は
咲
(
ワラ
)
い風のそよぎの遠くに海が光る。
(竟二)
春塵の机を拭いて退職す 英
季題は「春塵」。霜や雪の季節が終り、徐々に地表が乾燥してくると春の強風が吹き砂埃が舞い上がるそんな頃、
作者は三十五年間勤めあげた慶應義塾志木高校を退職された。
その時の様子を詠んだ一句です。
卒業生を送り出し、終業式も済ませ深閑とした校舎、グランドには部活の練習に励む生徒達がいます。
職員室のガラス越しに軟らかい春の日が射し込む教師生活最後の日、
作者は健康で無事にこの日を迎えられた事の安堵と喜び、又一沫の淋しさも感じ、
新しく始まる「俳句のことだけを考えればいい生活」に心を膨らませ、
感謝の気持ちを込めてなれ親しんだ机を拭いたと思います。
それは虚子の「春風や闘志いだきて丘に立つ」に通じる境地と思われます。
「机を拭いて退職す」と言い切った所に、時間の経過を感じさせ、
春塵という季題の取り合わせが広い世界を作り上げています。
この句を読ませていただき、退職の日、大きな花束を照れくさそうに抱え、
ただいまと玄関を開けた時の少し淋しそうな夫の姿を改めて思い出しました。
照る日もあれば、雨の日もあるように楽しい事、辛い事などいろいろあったと思いますが、
作者は「脳裏を過ぎる思い出は楽しいものばかりだ」と振り返り、俳人としてご活躍の日々を送られています。
(作子)
校門をごろごろ閉ぢて秋の風 英
何年か前の初見の時から覚えていた句であり、この度の句集に収められた一句である。
昨今は昔とちがって校門が広い。
その広い校門の鉄柵の重い扉に身体をあずけて、目を落としながらごろごろと押してゆく。
やがてガチャっと校門は閉じる。
鍵をかける。
空を見る。暮れ早い残光が消えかけている秋の暮。
よく晴れた快い一日であった。
充実感が溢れつつどこか虚しさの隠見する句である。
教職が天職のような作者の情熱、活動、指導的能力など余すところなく躍動した一日であった。
生徒の笑い声、怒り、惑い、悩みなどが束の間消えて、グランドの埃もしずもった広い校庭。
やがて星降る大きな闇が校舎全体を包むであろう静寂までみてとれる。
春の宵でなく、秋の暮である。
季題が動かない。
中七の「ごろごろ閉ぢて」が生き生きとしていて、昼間の動と夜の静を表してをり、
「秋の暮」が作者の暮らしの一端のみならず、その人物像までを描きだしている。
奥行きの深い一句となっている。
句集同ページの もう誰も帰つてこない秋の暮 英
と共に惹かれる句である。
(桂子)
決意とはしづかなるもの榾火燃ゆ 英
本井英句集『八月』掉尾を飾る一句である。たまたまこの句が巻末に置かれた、とは考えられない。
この句集を締めくくるに当たっての、著者の或る強い思いがこの句をあるべきところに据えた、と直感される。
榾火がちろちろと燃えている。自宅であろうか。
或は著者の愛する石の湯ロッジであろうか。
榾火はしづかに燃えつづけている。著者はその前に置かれた木椅子に腰かけて
頬杖をついて榾火の燃えているさまを見つめている。
わが人生の来し方行く末への思いが脳裡を過ぎってゆく。
その思いは、私生活面でのさまざまな出来事から、やがて、俳業についてのさまざまな出来事への思いに移ってゆく。
また、その思いはライフワークである虚子研究についての推移へと及んでゆき、それらの思いは、
やがて或る強い「決意」へとまとまっていくように思われたのである。
春風や闘志いだきて丘に立つ 虚子
になぞらえるのは僭越であろうか。
しかし、虚子の「闘志」にもつながるような或る強い「決意」。
その決意を以てこの句集を締めくくり、明日からのバネとするべく据えられた一句である。
著者還暦を過ぎた今。
与えられた天寿ははかるべくもないが、それまでに成すべき句業、虚子研究、への強い思いがこもった一句。
(露井)
羽子板に江戸の舞台のあれやこれ 英
英さんにしては珍しい句材、といっても「羽子板」ではない。
「江戸の舞台」、即ち芝居である。多趣味でモダンな伊達
者
(
しゃ
)
風、和服の着こなしも又一段、
今では余り見掛けぬ二重回し俗にいうトンビも小粋に羽織ったりする。
なれば当然芝居を詠んでも何の不思議がないはず、連句ならば然もあらん、
なれど発句否俳句、愚生迂闊にも見逃していたのかも。
集中もう一句芝居吟あり。舞踊の名曲清元「保名」に因んだ、
蝶々を保名のやうに手もて追ふ
別名〈小袖物狂〉というごとく、艶やかな狂いの一瞬を蝶追う手の動きで鮮やかに詠むが、些か玄人好みか。
ところが掲出句、知らぬ者なき「羽子板」、遊戯具のそれに非ず。
床飾り若しくは女児初正月の贈物の押絵「羽子板」、豪華な絵柄、多くは芝居役者の似顔や人気狂言当り
役等々、
譬えば、
羽子板やばれんみだるる纏かな 万太郎
梅幸の羽子板艶を失はず 虚吼
羽子板や母が贔屓の歌右衛門 風生
の類が下五の「あれやこれ」に相当する。
が、どうも新年の「羽子板」ではなさそう。
小屋掛けの仮店に所狭しと飾られた押絵羽子板、燈入るに従い賑う人出、彼方此方で手締めの声が……。
年の瀬羽子板市の景であるらしい。
(等閑)
台風の夜の室内プールかな 英
「最近、プールに通っているんだ」
「健康に気を遣う歳になったという事かい」
「肩が凝ったり、腰が痛くなったりして、少し自分で体を動かそうと思ってさ。
最初は余り面白いとも思わなかったんだけど、ゆっくり長く泳ぐという泳法を身につけてね」
「面白くなったのかい」
「いやぁ、なかなか奥が深いんだ。手足をばたつかせない、ゆっくりとしたクロールでね。水の中を滑る感じさ。余計な力を抜いて、効率よく、長く泳ぐんだ。
水と自分の体と、無駄のない動きに集中しているうちに、頭が空っぽになって、妙にリラックスするんだ」
「瞑想のような感じかな」
「うん、近いかも。泳いだ後の精神状態がすごくすっきりする。
だから、定期的に泳ぎに行っていないと、心の調子が保てない」
「晴れても降ってもプール通い。嵐が来てもかい」
「この間の台風の夜。プールで泳いでいる内に、暴風雨が通り過ぎて行ったよ」
「こっちは窓ガラスのがたつく音を聞きながら、勇み立つ気持ちで家にこもっていて、肩が凝っちゃった」
(荘吉)
推参の青大将も日を讃ふ 英
英先生の第三句集『八月』では実に多くの生きものが詠まれている。
ざっと数えても六十七種、寒鴉・翡翠・蛇・鴨・兎・蝌蚪・ごきぶり・芋虫・舟虫・鯊・蜂・とかげ・蛍・蜻蛉・鯰・鵙・
凍蝶・目高・ゐもり等々。
それらの生きもの達は、観察の対象となっているばかりではなく、作者に寄り添っているようにさえ思われる。
作者は花鳥一切と一体化して、マルティン・ブーバーの言うところの「我と汝」の関係であり、決して「我とそれ」では有り得ない。
もしかしたらこの世とあの世の境も消えているのではなかろうかと感じられる。
推参の青大将も日を讃ふ
山路か野路か苑の一画か、青大将がまかり出て、おだやかな日ざしに身を横たえてしばらくはその温みを楽しんでいる。
千葉の鋸山で、鎌倉の名越切通しで私もそんな景に出合ったことがある。
どちらも私一人蛇一匹であったが、それほど怖いとも思わなかったのが自分自身にも不思議な気がする。
生きもの同志そんな雰囲気だったろうか。
英先生はよく六道輪廻について言及されるが、それは生まれかわり死にかわる仏教思想であるらしい。
六道珍皇寺、小野篁も偲ばれる。
私は煉獄に心を遊ばせつゝ、『八月』を楽しませていただいている。
(照子)
みんみんのびいんびいんと間近なる 英
季題は「みんみん」。みんみん蝉のこと。
その鳴き声はふつう、「みーんみんみん」と聞こえる。
だから「みんみん」。
夏の暑い日の盛り、作者はそれを聞きとめた。
つくづく「みんみん」と鳴くことよ、と聴いていたのだろう。
そのうち、つと鳴き出した一つは「びいんびいん」と作者に直にひびくように鳴いたというのである。
その発見の驚き、嬉しさ。擬音の楽しさ。さらに、作者はその声を「間近なる」と認識する。
この措辞はただ「びいんびいん」をリアルに聞かせるだけでなく、
間遠なる「みーんみんみん」をかすかにもさだかに聞かせてくれる。
それぞれ遠く近くにあって、重なるようで重ならない別々の声。
英先生はオノマトペの名人だが、それは、それを活かす名人だということであろう。
寒木瓜の蕾むむむと赤きかな 英(『夏潮』)
公魚のまたぱらぱらと釣れにけり 英(『夏潮』)
残雪や雨にぐつしより濡れながら 英(『八月』)
翡翠のぷうんと渡る水の上 英(『八月』)
電灯のゆらりと暗み雪おこし 英(『八月』)
校門をごろごろ閉ぢて秋の暮 英(『八月』)
蘖をさらさら断てり山刀 英(『八月』)
オノマトペを活かすとは、結局、季題を活かすことだ。
(貴之)
蜩になら生まれてもいいと言ふ 英
今度生まれかわるなら……というのは男と女の間でよく交わされる不幸せ系の話だけれど、
鳥とか花ならともかく、蝉、それも蜩に生まれたいとは意表をついている。
しかも、蜩に「なら」とダメを押しているのだ。
それ以外のものなら生まれてもしょうがない、と。
これを言われたら男性は、そのはかなさと悲しさに沈黙するしかないだろう。
日の出や日没前後の薄明時に聞こえる、透明感のある物悲しい鳴き声(もっとも、鳴くのはオスだが)を思えば、
季題は寸分動かない。
平成十六年八月十六日の午後、この句が記された清記用紙が回ってきたときに頭をよぎったのは
午前中の句「かこはれて大文字拝むこともなく」だった。
同じことを思った参加者が他にもいたことは後でわかったが、披講時の名乗りを聞くと、
果たせるかな午前中の「かこはれて」と同じ作者だった。
一対の俳句による哀しい物語。
この句に限らず、句集『八月』のどの句をとっても、作者のことばを借りれば「季題からの発想」ならざるものはない。
そして、季題からの発想であるということは同時に、これまたことばを借りれば「類句の沼」にもがきながら、
その果てに詩として結実したものを私たちは読むことができるということでもあるのだ。
(薮柑子)
日本の八月六日晴れわたり 英
句集『八月』の後書に句集名を『八月』とした経緯が記されている。
それは、誕生月、愛する伴侶との別れの聖母被昇天月、敗戦月、「夏潮」創刊月、
など重なる思いからの発露であろうか。
味わうべき掲句の感想は、私には心抉られる特別な句として受け止めさせていただいた。
六日、九日、十五日、はまさに「日本の」であり、他では無い。
心抉られるのは、私も九日の長崎での被爆者であり、四人の兄姉を瞬時に失った者だからである。
何時もこの日について問いつづけていて、決して生有るかぎり終わることはないだろう。
「晴れわたり」は、六日に留まらず、原爆の「真空」、八月の「真空」、日本の「真空」の「晴れわたり」であり、
途轍もない「真空」である。
何も其処に差し挟む余地等無く、ひたすら、真空の意味するものを探すのみである。
「晴れわたり」には、すべてに於ける希求があり、其処に引かれ、吸い込まれる巨大な「真空」が横たわる。
作者が見、感じた八月六日は、句集での「八月六日」には収まりきれない「晴れわたり」であり、
また普遍的八月六日と結ばれるものとしての「晴れわたり」といえないだろうか。
本来晴れわたる事は晴れがましい事である。
しかし、この「晴れわたり」は途轍もない真空と啓示へ私を誘う……日本の八月六日である。
(照男)