花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第8回 (平成17年2月18日 席題 梅・余寒)

くぐり戸の扉だけ新し梅日和

元句の字使い、「戸だけ新し」。くぐり戸の「戸」はこれでいいですが、次の「と」は「扉」と書いた方がよくわかる。そうすると、景がよくわかる。しもた屋みたいなもののくぐり戸でもいいし、小さい庭園のくぐり戸でもいい。ともかく、柵がしてあるんだけれども、そこだけが、五尺くらいの高さの扉。細かく、細かく手入れしているのがわかって、敷松葉がしてあったり、松にこもが巻いてあったりとか、よく手入れしているお庭だなということが、よくわかりますね。

異人館北野天神春時雨

北野天神のまわりに、そんなものがあるか知りません。異人館というと、よく長崎とかにあるようなものなんだけれども、北野天神のそばにもあるよと言われれば、古都京都に、そんな不思議な一角があって、そこに何でも楽しむ観光客が来ておった。たまさかそこに春時雨にあった。京都は進取の気風があって、ある京都の感じが出ているかなと思いました。あの町は新しいものが多いですね。そういう感じがしました。

林檎むき独り食べゐる余寒かな

この場合、余寒という季題から発想していって、素直に出てくるような句ではない。林檎を食べることと、余寒と、お互いどう関係があるかと言われると、困ってしまうんだけれど、何か秋のうちからあった林檎、もうそろそろおしまいなんだけれども、食べてみたいなと思って食べてみたら、口にひやっとした。あ、余寒だよねという感じがした。ということなんだろうと思います。

紅梅の色見えて来し夜明かな

白梅の色はもう見えているんですね。白梅の色合いは、白加賀だの何だのあって、白さにも様々ありますが、紅梅の紅の様々ほどの差はない。白梅はもう見えているんですが、そろそろ日の出が近くなってくると、紅梅の紅の濃淡も見えてきたよということで、面白い時間帯を詠んでいらっしゃるなと思いました。

暁の梅に潜める烏かな

これも不思議な句で、事実だって言えば、事実なんですが、烏は無頼な奴で、何するかわからない。たまさか今日は梅の方にいたよ。というので、烏の所が黒いシルエットになって、暁ですからね。烏のところが真っ黒に抜けてしまって、あたりはうすうす明るくなりつつあるという面白い句だと思いますね。