花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第22回 (平成17年5月13日 席題 蛞蝓・橡の花)

蛞蝓(なめくじら)ビルの五階の植木にも
さ、ビルの五階がどんな所なのか、五階建て、八階建てのマンション、どういう所でもいいんだけれど、そういうマンションの立派なテラスに、植木がある。あ、ここのお宅も五階ですね。ここかもしれませんね。ともかく立派な植木をテラスに出しているお住まい。「あ、どうやって、このなめくじが来たのかしらね。」「どうやって、上がってきたのかしら。」という、軽い興味ですね。
擬宝珠の筋目正しき葉の茂り
季題は「草茂る」です。季題を「擬宝珠」にすると、花が咲いていることになります。ただ「茂る」というと、木が茂ることになります。どちらも夏の季題です。たまたま茂っていたのが、擬宝珠の葉で、その葉の筋目が実にきちっとしてをった。擬宝珠は「こば」「おおば」の二つの種類がありますが、そんな擬宝珠の感じが出ていると思います。
そびえ立つごとくに咲きて栃の花
うまいですね。なるほど、栃の花の咲き様は、そびえ立つごとくというとおりだと思いますね。元の句、「そびえ立つごとく咲く花」。咲く花の「花」はいらないですね。「花」が重なって、効果が出ないですね。栃の花って、こういう風に咲くんですよ。という強引さが、表面に出てしまう。それよりは、もっとさりげなく、「そびえ立つごとくに咲きて」となさった方が、さりげなさの中に、かえって実情が見えてくる。元の句だと、景そのものよりも、作者の顔が見えてしまう。
新緑の小山突き抜けカルデラ湖
元の句、「新緑の山突き抜けてカルデラ湖」。作者の場合はトンネルみたいなところがあって、新緑の山で、トンネルを抜けて出たら、その先にはカルデラ湖が広がってをった。という、外輪山にトンネルがあって、それを抜けたんでしょうね。元の句はね。僕は最初、そういう風に思わなかった。カルデラ湖から島山が突き出ているという感じがした。ちょうど洞爺湖かなにかにありそうなね。普通は「新緑の島が浮かんでいる」というような凡庸な表現だけれど、それを「新緑の小山突き抜けカルデラ湖」というと、中央火口丘がカルデラ湖を突き抜けている。下から上へぐっと盛り上がる力が、カルデラ湖を突き抜けて、押したのかと思うと、「あ、なるほど。洞爺湖あたりの感じだな。」と思って、そういう風に読んでしまったんですよ。勝手に。ところが、披講をうかがってましたら、「ああ、そうじゃない。もしかしたら作者が考えていらっしゃるのは、トンネルかなにかで外輪山を突き抜けて出てきたら、カルデラ湖があったというのかな。」と思って、だとすると、採らない方がよかったかなと、今、反省してるところです。「島山がカルデラ湖を突き抜けて出ていた」というと、ひじょうに力強い感じがありますね。
鍋ふたつ筍と蕗煮えにけり
面白いですね。大鍋だっていう感じがしますね。筍は煮てるっていうんで、よほど上品な筍なら別ですが、普通筍を煮るというと、大きい鍋になります。それに何と言っても、匂いですね。この二つが同じ台所で煮えた時の匂いが、どんな匂いかしらと思うと、不思議な感動を覚えます。どこかの大きなお総菜を作る所とか、お弁当を作る所とか、そういう所なんでしょう。普通の家庭の食事時のというより、何か人様に供する為に、筍と蕗を煮ているというように、私は感じました。