花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第67回 (平成18年2月10日 席題 実朝忌・片栗の花)

何事か叫ぶが如く樹氷群
樹氷というのは蔵王が一番日本では代表的かと思いますが、志賀高原の横手山でも、樹氷は「モンスター」とも言います。何とも言えない奇怪な形になって、それを見ると、「何事か叫ぶが如く」と、表現としてはある意味では生な表現、句としては若干生なものが残っている句ですが、その生さ加減がよろしいかなと思いました。
ゆるやかな鯉の動きに春近し
実はこれ、「寒鯉」という季題が別にあるわけですね。「春近し」といったら、当然寒中ですから、寒鯉と言ってしまったら、それで終わってしまうわけですが、それを敢えて寒鯉と言わずに、寒鯉なんだけれども、本当に春が近くなってきたので、ただ深い所にじっとしていた鯉にも、すこし動きが出たようだよ。寒鯉もとうとう春が近いんだなあ。と、そんな微妙な季節の流れを捉えた句というふうに、鑑賞しました。
堅香子の花の群れ咲く樵径
樵だけが通るような道を辿っていったら、堅香子の花が群れた所があった。「あー、こんな所に群れていたんだ。樵の通る道だから、樵は知っていたんだろうな。私は初めて知ったぞ。」と、ある程度、樵の暮し屁の思いに、ある程度入っているのが、この句、面白いと思いました。どなたかの句に、獣道というのがありましたが、獣が通る道ですから、ほとんど人間は通らない。大体、僕の認識では、獣道というのは低くって、せいぜい狸とか鼬(いたち)とかが、すらっと抜けるところで、獣道のようなということはあっても、獣道は人が通れないんじゃないかなという気がしました。
鎌倉の海荒れてをり実朝忌
これは、鎌倉の句として、まっとうな句です。面白いのは、実朝忌の頃になると、移動性の低気圧が通るようになる。いわゆる西高東低の固まった冬の天候ですと、鎌倉の海はまったく荒れない。鎌倉の海は、ようやく春になって、低気圧がどんどん通るようになると、荒れる日が多くなります。特に日本海に低気圧が入ると、鎌倉の海は大変荒れるんですけれど、そんな移動性の低気圧が現れ始めた頃だと思うと、この句、何気なく作っているようでいながら、実朝忌の季節感を表しているなと思って、感心した次第です。
薄氷をせきれい滑ってみたりもす
ちょっと冒険の句ですね。鶺鴒というのは、ご承知の通り、細い足で細かくちょちょちょちょと行くので、あの歩き方はなるほど滑りやすいですね。氷の上を歩いている鶺鴒を想像すれば、滑ることもしょっちゅうあると思いますね。それを「滑ってみたりもす」と、若干俳諧味を利かせて、わざと滑ってみたようにも見えたというところに、作者の心のゆとりがあるんだと思います。
春一番心ざわざわしてきたる
なかなか冒険的な句ですね。ひじょうに感覚的な句で、何か心配ごとが多かったり、家庭内でも問題があったり、ざわざわしている。それが、ほこりが戸の隙間から入るような日だった。二日さんと聞くと、主婦の、ある気分がありますね。

花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第66回 (平成18年2月10日 席題 実朝忌・片栗の花)

この坂をくだり終へれば梅林
この句は何でもなく詠みながら、自ずから付近のロケーションが見えてくる。ちょっとした丘がかった所に道があって、そこから谷底の所が梅林になっている。そのなぞえの辺りに梅があってもいいようなものだけれど、不思議なことにその斜面には梅がない。下り終わった所に梅林がある。なるほど言われてみれば、そんな光景もあろうかという感じだろうと思います。
厚着して爪の手入れも春の風邪
「爪の手入れも春の風邪」って、面白かったですね。「厚着して」は要らなかったかもしれませんね。ちょっと材料過多のきらいもなくもないと思います。「爪の手入れも春の風邪」は、なかなか色っぽくて、よろしいなと思います。
片栗の花咲く丘へ登りけり
こういう句が採られるのを、何故そんな単純な句がいいんだと思われる方もあるかもしれないけれど、俳句というのはリズムが大事です。「片栗の花咲く丘へ登りけり」と言われてみると、なるほどそういうこともあるだろうな。この句の場合、面白いのは、「上まで行くと、片栗の花が咲いているんだよ。」と誰かに言われて、「あ、そう。」ということで、普段は登らないような坂道なんだけれど、行ってみよう。とにかく登りきった。その一種の到達感、達成感が「けり」ですね。何か自分で、「ああ、登った。」その気持ちが景に反映して、大変リズム感のいい句だな。つまり珍しい景を探して詠むということよりも、景が珍しくなくても、気持ちよく詠んでしまう。それが諷詠だと思います。
鎌倉の谷(やと)を巡りて実朝忌
鎌倉と付けば、実朝忌は何でもいいようなものですが、これはそうではなくて、「鎌倉の谷を巡りて」というところに、ある思いがありますね。実朝の祖父の頼家が、比企一族と結託して北條と戦おうとする。それが比企一族が滅ぼされる。ところが、比企一族のいた比企が谷という、谷戸が今でも残っています。たしか妙本寺の辺りかと思う。鎌倉の谷戸、谷戸一つの名前に、それぞれの一族の館のある由来がありますから、「鎌倉の谷を巡りて」と言った時に、鎌倉幕府は実に血塗られた幕府で、勿論、頼家もそうだし、実朝もそうだし、修善寺物語に出てくる話も、本当に血なまぐさい話ばかりで、その後も、和田一族だとか、次から次へと大変な粛正の歴史が、東鑑など、本当に血だらけの歴史書です。その中にあって、実朝も血祭りに揚げられた一人で、そのことを考えると、鎌倉の谷戸の持っている歴史が感ぜられて、面白いと思いました。
挿し余りたる水仙のバケツかな
どこのバケツかなというのが、この句の鑑賞のポイントだろうと思います。自分の庭の水仙を切ってもいいんだけれど、僕は花舗、花屋さんですね。花屋さんがブリキのバケツに入荷した水仙を、一遍にばあーっと活けたんだけれど、バケツが小さくて、二、三本が余ってしまって、それを瓶に挿していた。そんな花屋さんの朝の光景を想像しました。自分の家ならそうたくさん切らなければいいんですから。入荷が思ったより多かったなと言う方が、それらしいかと思います。