原昌平『夏暖炉』鑑賞 (原昇平)

原昌平『夏暖炉』鑑賞 原昇平

原昌平さんに初めてお会いしたのは、1998年の秋、千葉の鎌ヶ谷で梨狩りをした吟行会でのことであったと記憶している。インドに赴任中の同姓同名の先輩がいらっしゃると伺ってから1年半ほどして、ようやく「初代」にお目にかかり、それ以来、句会や吟行会でご一緒させていただいている。

これも「私の記憶では」ということになるが、集中の「田作の互ひ違ひに重なりて」は逗子の本井英先生のご自宅での新年句会の際に出句されたものだったかと思う。その当時、「俳句とはこういう事柄を詠むこともできる文芸なのか」、という感想を持ったことを思い出した。

(いずれも記憶違いだとしたらご容赦いただきたいのだが、)そんなことを考えながら『夏暖炉』を拝読し、印象深い句をいくつか鑑賞させていただいた。

 

夏暖炉会話途切れることもよし 昌平

季題は「夏炉」。本句集名のもとになった一句。避暑に訪れたロッジでは暖炉の火がゆっくりと燃えている。暖炉を囲みながら話題は尽きないが、気づくと会話が途切れていた。しかし、「気まずさ」を感じさせない沈黙というものがあり、そんな夜がある。

 

風鐸を鳴らしそめたる春の風 昌平

季題は「春の風」。仏堂なのか仏塔なのか、訪れた寺院に春の風が吹く。風鈴ではなく風鐸なので、実際には少し強い風なのだろう。しかし、単なる強風ではなく穏やかさが感じられる。それが春の風であり、俳人なのである。夏や秋、冬とは異なる、春に特有の風鐸の音色が聞こえてくる。

 

小春日の日本の空に帰り来し 昌平

季題は「小春日」。帰国便の機内でアナウンスが流れ、航空機が着陸態勢に入りつつあることが知らされる。窓から見える日差しは小春日。「機」や「便」という表現を用いずに詠むことで、一句の印象をやわらかく、穏やかなものにしている。機上から帰国を詠んだ句には「凍月に機首向けにけり帰国便」もあるが、こちらは航空機自体を詠んでおり、「凍月」によって機体のシルエットが夜空に浮かび上がる景が見えてくる。

 

秋の低く啼きゐる島の果て 昌平

季題は「秋の蟬」。訪れた島はさほど大きくはないのであろう。島の人々が暮らす地区を外れ、島を巡ってゆく。ひと気のない、島の「果て」に辿りついてみれば、すでに日は傾きはじめ、そこでは、決して高いとは言えぬ調子で秋の蝉が鳴き続けていた。蝉の声が「低」いのは、あるいは詠み手の心象だったのかもしれない。しかし、声の低さは「秋の蟬」の本意、本情の一つと言えよう。本句集には島が詠み込まれた句が多く収められており、作者の作句における「島」への関心の高さを窺わせる。

 

亀掻けば亀に従ふ春の水 昌平

季題は「春の水」。庭園、あるいは少し広い公園であろうか。池の亀がゆっくりと水を掻く。掻かれた水は波紋を生み、ゆっくりと広がる。水の抵抗などないかのように亀は泳いでいる。上五中七の「亀」の繰り返しに、春の水のゆるやかで素直な動きが感じられる。川では流れがあるので水は「亀に従」わない。

 

 最後になるが、ほかに鑑賞したかった句を記して結びに代えさせていただく。

 

『夏暖炉』抄 (原昇平選)

雨上がる四温の始め兆しつゝ

田作の互ひ違ひに重なりて

絵葉書を書いてゐる妻旅夜長

振り向けばタージ小春の日の中に

新しき家新しき暦掛け

ものの芽の赤みがかつて解けなんと

東京の西の外れの余寒かな

子等の手にかゝり薄氷散りぢりに

ごぼぼともこぽぽとも鳴り春の水

手をつなぐことなく向かふ入学式

(原昇平 記)

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