原昌平『夏煖炉』鑑賞   (渡辺深雪)

原昌平『夏煖炉』鑑賞   (渡辺深雪)

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 原昌平氏の句を鑑賞して感じたことは、これほど景がはっきり見える句を作る人はいないということだった。

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富士見ゆるスキー日和となりにけり 昌平

海原を越えて西日が棚田へと

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 雪山の上に現れる壮麗な富士と、海の上で輝いていた太陽が夕日となって棚田を赤く染める情景が、ありありと浮かび上がる。

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 加えて、原氏には季語の持つ気分がそのまま感じられる句が多い。

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風鐸を鳴らしそめたる春の風 昌平

春寒に亀動かざる弁天社 

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 前者の句は風鐸と季語との組み合わせが春の穏やかな気分を伝えており、後者の句ではまだ寒く、しかし変わりつつある季節の雰囲気を、亀の描写を通じて味わうことができる。

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 そして何より原氏の句作を支えているものは、以下の句に見られる素朴な生活感情であり、他者への高い関心であろう。

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麗かや床屋の夫婦植木好き  昌平

鯛焼を買つて帰りて日脚伸ぶ

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 原氏の句にはどれも、季節と共に生きる人々の暮らしの原風景が垣間見える。季題に寄り添いながら、日常の中で見て感じたことをありのままに表すこと、同氏の句はその大切さを我々に教えてくれるのである。

 

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船虫の音のしさうな群であり 昌平

 「船虫」は七月の季題。産卵期にあたるこの季節、新しく繁殖した船虫が群れをなして走る光景をよく見かける。作者はその様を見て、「かさこそ」と走る音まで聞こえてくるように感じた。船虫のせわしない様子を見事にとらえた、面白い句である。

降り立つた島の空港ばつた飛ぶ 昌平

 空港と言っても、あまり大きなものではない。作者がタラップで飛行機を降りると、足元でばったが飛び跳ねていた。滑走路に棲みついているのか、それとも外から迷い込んだのだろうか。ばったの姿を通じて、地方空港のゆったりとした秋の風景が浮かんで来る。

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酉の市裸電球灯り初め 昌平

 季題は「酉の市」。陽が西に傾き始めたころ、境内の露天に吊るされた裸電球がぽつぽつと灯り始めた。これから大勢の人が訪れて、市はにぎわいを見せるのだろう。裸電球の灯りから、初冬の市の気分が伝わって来る。

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新しき家新しき暦掛け 昌平

 「新しき暦」とは「初暦」のことであろう。新築の家で新年を迎え、そこで新しい暦を掛ける。これらはすべて、作者が初めて経験することだ。「新しき」という言葉の繰り返しが、文字通り新しい生活への胸の高鳴りを伝えている。

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亀搔けば亀に従ふ春の水 昌平

 暖かくなってようやく満ちて来た水の上に、亀が泳いでいる。その小さな脚で立てた波紋が、亀の後をついて行くように見える。ゆっくり泳ぐ亀の姿と水面の小さな波紋が、春の穏やかな気分と水の柔らかさを感じさせる。

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登り来ていよいよ天の高くあり 昌平

 秋のよく晴れた日に山を登っていた作者は、とうとうその頂上にたどり着いた。そこから見上げる青い空が、登る前よりも一層高い所へ続いているように見えた。雄大な秋の景色が、読む者の目に見えるように描き出されている。

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夏めきて水上バスの屋根に客 昌平

 どこの川の景だろうか。夏のきざしが見え始めるこのごろ、ちょっとした舟遊びをしたい気分になる。川の水面がきらめくこの日は、屋根に上って楽しむ客が多いようだ。初夏の観光スポットの明るい気分が、この句全体を通して伝わって来る。

1 comment to 原昌平『夏煖炉』鑑賞   (渡辺深雪)

  • 昌平
    深雪さん、遅くなりましたが、鑑賞ありがとうございました。 一つ一つ、丁寧に読んでいただけることは、本当にありがたいことです。御礼申し上げます。

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