第零句集『夏煖炉』を読んで (矢沢六平)

零句集『夏暖炉』を読んで(矢沢六平)

 

木遣隊喇叭隊ある祭かな

 初めて御柱の見物に出かけた時、僕は二十四歳で、昌平さんは二十歳だったと思う。あれから七年目ごとのお祭りが四回あって、紅顔の美少年だった二人も、今や押しも押されぬ立派なおっさんに成り果てました。なんとも、感慨深いものがありますなあ……。

 

 閑話休題。さて、俳句です。

 句集を繰って最初に僕の「お気に入り」に登録されたのは、花野の句でした。すると、次々と、映画のワンシーンでも観るような、「物語性のある」俳句が目に飛び込んできました。  

この花野この高原に帰り来し

 これはきっと、映画の冒頭シーン。主人公が人生のある時期を過ごした場所に久々に帰ってきた。目の前にひろがる花野の美しい景色。回想がフラッシュバックして物語が始まり、だんだんと戻って来なくてはならなかった「理由」が明らかになっていく…。

 

ずいずいと人波分けて大熊手

 御酉様の夜の雑踏を、人の頭二つ分くらい高い熊手が、切り裂くように突き進んでいく。カメラは、それを持っている男の、思い詰めたような真剣な眼差しにパーン……。

 

夏山家大きく座敷開け放ち

 少女は一人で、高原列車とボンネットバスを乗り継いでやってきた。開け放った広い夏座敷に麻の白い着物を着た笠智衆がポツンと坐っていて、呟くように言う。「よう来たのう…」

 

夏暖炉会話途切れることもよし

 どこか、信州あたりの別荘。男女五六人。二泊目か、もう三泊目かの夜なんだろう。チロチロと火が燃えている…。

 

大蝦蛄を食らひ尽くして妻呵呵と

 勢いで結婚してしまった二人。まだまだ「自分探し」の旅の途中にいる若い共働き夫婦の成長を、コメディータッチの日常を通して描く。このシーンは、大団円の十五分前あたりだ。

 

絵葉書を書いてゐる妻旅夜長

 ちょっと大人の物語。ロケ地は、僕なら…そうだな、東京ステーションホテルがいいな。

 

麗かや床屋の夫婦植木好き

 子供と老人しかいないような、ちょっと寂れた地方都市の駅はずれの一角。夫役の小日向文世の風貌が見えてきませんか?

 

新しき家新しき暦掛け

 一軒家なのかな。アパートの一室でもいいけど。転居のあれやこれやが全て済んで、最後の仕上げにキッチンの壁に貼る新品のカレンダー。これから始まる未来の日々を想起させ、エンドマーク…、そしてスタッフロールへと……。

 

赤旗は取り壊す家西日濃く

 念願の家の建て替え。息子夫婦との二世帯住宅だ。そして、いよいよ取り壊しの日の光景。…ブルトーザーがやってきて…。「母さん、泣くなよ…」…。…。

 あるいは、災害の跡地に立ち尽くす一家の様子か…。

 

 …ついつい、皆さんに、僕の「妄想」にお付き合いをさせてしまいました。お詫びいたします。

 でも、僕は、「詩歌とは『人生という本の目次』なんだ」と思っているのです。だから、その一行から様々な連想が広がる時、来し方行く末のいろいろに想いが至る時、僕は上質な作品に触れたことの喜びで、とても幸せな気持ちに満たされるのです。

 昌平さんの句集には、僕をそうさせる俳句が、今取り上げた句以外にもたくさんありました。読んでいてとても楽しかった。

 ありがとう、と言いたいです。

 

 季題をじっと「観察」して「発見」した事柄が、ある種の詩的感興を生み出す。これ、俳句ならではの働きであります。そして、それを味わうのは、俳句鑑賞の醍醐味の一つでありましょう。

 もちろん、この句集の中にはそういった俳句もたくさんあったわけで、それらの内のいくつかをご紹介いたします。

 

船虫の音のしさうな群であり

 たしかに、脚のシャカシャカ音が聞こえてきそうです。

踏んづけてしまつたものも蕗の薹

 蕗の薹を探し、摘んでいるんですね。だから、もの「も」、になるわけです。

島の秋貸し自転車に鍵はなく

 開ける方のカギではなく、錠前の方のカギなんだと捉えました。借りた自転車に鍵がかかっていなかった…が、島の秋、と響き合っていると思います。

初暦未だくるりと曲がりゐて

 筒状に丸めてあったのを開いて貼ったからです。

夏霧が稜線越えてカールへと

 山の上では、霧は「晴れる」のではなく、「動き」去りますよね。

小春日の日本の空に帰り来し

 行っていたのは、寒い国か暑い国。四季のない国だったのでしょう。

カト五匹額集めて何相談

 観察の結果、「集めて」と述べた。そこが良かった。「額を寄せて」じゃダメだよね。

梢から幹へと揺れて枯木立

 風が少うし、吹いてきたんですね。

 

 これはいい句なんだという、手応えというか、手触りのようなものが確実に感じられるのだが、なぜ良いのかがうまく説明できない。

 単に、僕の鑑賞力不足が原因なのかもしれません。しかし、ここにも俳句ならではの、「醍醐味」があるように思えます。

 そんな句のいくつかを書き写して、今回の鑑賞をおえたいと思います。いつかみんなで(酒飲みながら)議論できたら最高です。

 

車輌区をゆつくりよぎる秋の蝶

東京の西の外れの夜寒かな

水打つや千家東京出張所

1 comment to 第零句集『夏煖炉』を読んで (矢沢六平)

  • 昌平
    六平さん、色とりどりの鑑賞、ありがとうございます。 即物的に作った句がほとんどなのですが「へぇ、そういう鑑賞の仕方もあるのか」と、大変楽しく読ませていただきました。 作った当人よりも世界が広がっていくのは楽しいものですね。

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