花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第40回 (平成17年9月9日 席題 狗尾草・夕月夜)

迎火にかがむ父の背頼りなく

父の背中が迎火に屈みこんでいるのを見て、「ああ、お父さんも年を召されたなあ。」と思って、ある感慨にふけっている娘、あるいは息子の句です。元の句が「苧がら焚くかがむ父の背頼りなく」でしたね。そう言うと、「苧がら焚く」がどこかへほったらかされてしまう。あまりノウハウ的なことは言いたくないけれど、用言とか、動詞や形容詞が多いと、句が弱くなって、締まりがわるくなる。元の句だと、用言が三つ入ってしまう。「焚く」という動詞と、「かがむ」という動詞と、「頼りなし」という形容詞と、三つはいってしまう。と、句全体がわーわーわーとしてしまうのね。俳句は、どちらかと言うと、名詞が多い方が締まる。表現がぴしっと動かなくなる。「迎火にかがむ父の背頼りなく」とすれば、迎火という体言で、かちんと締まりが出てきます。ただそういうノウハウ的なことは、僕はあまり言いたくなくて、それが自然とことばに出てくるような修練をお積みになる方がいいだろうと思います。どうしてそんなことを言うかというと、俳句は知的に操作をすると、大体死んでしまう。だから、あんまり知性を使わずに、聴いている時は、「そうか。そうか。」と聴いておいて、忘れてしまった方がいい。今言ったことを聴き忘れて、何回も言いますから、だんだん何回も言っていくうちに身に付くので、俳句はそんなことでいいんです。

不動明王の陰からとかげかな

不動明王はどこにあってもいいんですが、この場合はお堂にしまってあるお不動さんではなくて、どこか外にあって、近くに行者の滝みたいなのがあって、だいたい不動明王というと密教系の、どちらかというと高野山系統のお寺が好きなんですね。その庭にお不動さんの石像があって、「あ、御不動さんだな。」と思って見ていたら、ちょろちょろちょろっと、何かが動いて、蜥蜴だった。「この蜥蜴もお大師様の恵みの中で生きているのであろう。」と思った。

ひとりゐて何するでなく秋の宵

いい句ですね。「夜長」という季題が一方にありますが、「夜長」と言わずに、「秋の宵」と言ったところに、あるニュアンスがあります。それでいて、「秋の暮」ではないんです。「秋の暮」はまた独特の、さっき牛の句がありましたが、あるいは芭蕉さんの句で、「枯枝に烏のとまりたるや秋の暮」という、これは蕉風開眼の句と言われています。あるいは芭蕉さんの最晩年の句では、「この道を行く人なしに秋の暮」というのがあります。そのような孤独が煮詰まってしまったような気分が、「秋の暮」ですが、「秋の宵」はそこから解き放たれた、ある安らかさがあると思います。その「秋の暮」という時刻が終わった、「秋の宵」という時間の安らかさが、この句には満ちていて、なかなか情のある句だと思いますね。

炎天をただ黙々と蔵の街

面白いです。どこにだって蔵の街があります。たとえば、この近くだと川越なんて街も蔵の街です。どこだってかまわないのです。古い商家の連なっている街で戦災にも会わずにといった街です。この句の面白いのは、夏の炎天を歩いているんだけれど、たくさん蔵があるんで、蔵を愛ずる気持ちはもうなくなってるんですね。あと十分くらい歩くと、O O 寺がありますから。そこには羅漢さんがあるので、そこで説明しましょう。なんて言うので、そこまでは、暑い中をただ移動するばかりで、最初見た時は蔵の街が珍かで、「あ、面白いな。」と思ったんだけれど、すこし飽きてきながら、次の目的に向かって、ひたすら歩いている。炎天の日に、歩こう会かなにかで、あるいは歴史なんとか会で現れた、ある人物が目に見えると思います。

門衛の靴往きもどりえの子草

うまい句ですね。今日の席題を得て、お作りになったのだとすると、なかなかこの方も手だれという感じがしてまいりましたね。皮肉ではございません。頼もしい限りです。この句は、今で言えば、劇画にでもありそうな、クローズアップですね。えの子草と靴だけをクローズアップさせて、膝から上はスポットからはずしてある。その門衛のやることなしに、門と衛士の小屋を往復している、そのしょうことなしの足取りがえの子草の所を、ゆっくりと、ぱっぱっぱと行っている。それをえの子草は知ってか知らずか、風にそよそよと揺れているという、なにか人生とか世の中は、なるほど、こんなことがあるんだよなという、まことに頼もしい句を拝見して、嬉しく思った次第です。

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