花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第35回 (平成17年7月8日 席題 川床・金魚)

切符買ひはや旅心梅雨晴間
「はや旅心梅雨晴間」というリズム感は、僕なんかが作らないリズム感ですが、晴子先生にこういうのがありましたね。不思議なリズム感。これも俳句なんでしょうね。自分が作れないリズム感だから採らないというのは、選者として、あまりに狭量で、ああ、こういう言い方もあるんだなと思っていただきました。
座して待ついざこれよりの夏料理
すごい夏料理が出てきそうですね。『美しき緑はしれる夏料理』というのが、立子先生にありますけれど、この「さあ。」ていうのがね。この句の面白いのは、卓におしぼりくらいしか出てなくて、何もないというのがわかって、「さあ、これから出てくるらしいよ。」それこそ、さきほどの沖膾とか鮎が石の上載ってるとか、そういう感じがあって、面白いなと思いましたよ。このリズム感、いいですよ。このリズム感をお持ちならね、あの蚊帳の句の破調は損。「虫一匹も許すまじ蚊帳をつる」「蚊帳つって虫一匹も許すまじ」とすると句になる。このリズム感を持っているんだから、あの句ももう少しリズム感を考えればよかったかと思います。
池深く沈みて鯉の酷暑かな
面白い句ですね。寒中は深い所にもぐります。大体三、四十センチくらいの池でも、かならずそこに一メートルくらいの溜まりを作っておくもんなんですね。鯉を大事にする人は…。底の水温が高いですから、寒中は底にぐーっと沈んで、動かなくなる。寒中の時は、皆知っているけれども、なるほど酷暑の時もそうかもしれない。水の温度がすっかり上がってしまっていた。ほんとうは寒中に沈むような深みに、鯉が沈んでいた。ちょっとした発見で、面白いですね。そして「鯉の酷暑かな」というアリタレーション(頭韻)の感じもいい感じ。日本の詩にはライム(脚韻、押韻)とかアリタレーションというのは、あまりないんだけれど、でも俳句の場合、リズム感の中に実はアリタレーション、ライムよりはアリタレーション、鯉の酷暑の「こ」の重なりに、ある軽快さがあって、いいと思いました。
梅干の一粒ずつの陽の香り
ちょっと気取った句ですけれどね。若干気取りがあるけれど、「一粒ずつの」というところに、景が目に浮かぶ要素があると思います。
もろこしの甘さ少年の日の夢よ
この字余りはいいと思いますよ。なるほど、もろこしを甘いと思って、かじった頃のさまざまの夢。今、思い返して、どうだろう。それを今、ある年齢になって、もろこしを食べながら、思い出しているということだろうと思います。

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