『鯛の鯛』を読んで_(矢沢六平) « 夏 潮

『鯛の鯛』を読んで_(矢沢六平)

『鯛の鯛』を読んで
・                 矢沢六平
 モズ君は、飲み食いすることや生き物が、とても好きなんだと思う。突然わけのわからない茸を持参して泊まっていったりして、まったくもって憎めないやつである。今回、句集を読んで、あらためてそのことを思った。
 さておき、さっそく俳句を…。
卒業をして二日経し三日経し
 虚脱感というか、喪失感というか。二三日目くらいが一番そういう感じが強いですね。卒業子を詠むのではなく、本人が卒業子である卒業の句は、もしかすると初めて見たかもしれない。
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ひらひらと踊の輪より抜け来たる
 ひらひらとした様子で、ではなく、本当に手をひらひらと動かしていたのだと思いました。踊りの所作をしながら、目立たぬように、そっと踊りの輪からフェードアウトしてこちらへやって来た…。
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大綿の添ふと見えしが躱しけり
 下五を「躱しけり」としたので、主語が私から大綿に転換した。そこがよかった。
曳波を花の堤にぶつけ行く
 「ぶつけ」るで、曳波を作っている舟の姿が見えてくる。曳波はけっこう強そうだ。だから舟は速いのではないか。堤に、桜と人々。川面に、幾艘もの屋形舟。ただ一艘、河口から艀が来て、周囲の観桜の様子にはまるで無頓着に、川をグングン遡って行く…。
操舵の手残して西瓜啜りをり
 片手運転をしているんですね。自動車だと、シートが汚れて困るけど、船だから立って操縦しているわけで、多少床が汚れても、「ま、いいか」。
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死蝉(※)の命戻りて壁を打つ
 死んでいると思った仰向けの蝉。突然、ジジッと鳴いて飛び立ちました。子供の頃よく見ました。…でも、壁にぶち当たってしまいました。生き物の、こういうまぬけさって、何かこう、あはれがありますネ。(※:「蝉」は旧字)
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籾殼の灰に籾殼盛られけり
 灰色のさらさらの灰の上に黄土色の籾殻の山。灰をもっと作りたいのか、籾殼を全部処理してしまいたいのか。いずれにしろ、何か農作業の一環なんだろう。
 色のコントラストに感じのある句だ。もっと言えば、生と死のコントラストかもしれない。「けり」だと、籾殻を盛ったという行為に読み手の注意が向き、「をり」だと、盛られた様子に注意が向く。だから「をり」の方がよいのではないか…、というのが僕の意見です。違ってたらゴメン。
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伐られたる株の平らや落葉中
 何の株だか考え、結局、木の切株に着地しました。切り口が平らなのだから、太い木ではないのでしょう(大木なら、切り口が段差になっているはず)。スパンと伐られた切り口に、ある種の詩的感興があった、という感じは、私には分かる気がいたします。落葉はまだ、さほど深くはないかもしれません…。
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赤貝の血に透明な水流す
 仕込みの俎板ですね。手前から流れてきた透明な水に押されて、赤貝の血が向こう側へ移動してゆく。血と水はまだ交じり合っていません。
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素魚のゐなくなりたる鉢の水
 冷麦だって、食い終わったら鉢に水が残る。でも、「ああおいしかった」に続く言葉は、特に出てはこないだろう。
 しかし、素魚、である。だから「なくなりたる」ではなく「ゐなくなりたる」。作者は鉢の水を見ながら、「喰っちゃったんだなあ…」と心の中で呟いている。
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別れたる子猫ふり返りもせぬよ
 こちらの気持ちに頓着なくあっけらかんと貰われていった子猫を詠んだのだろう。しかし、ふと、「子猫」と「ふり返り」の間で切れるのではないかと思った。子猫を貰ったことで一生懸命になってしまい、こちらをふり返ってお辞儀することも忘れて帰って行った人よ…。
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祭着の子や祭着の父追ひて
 まだ「かあちゃんがすべて」の年齢の子供なんだろうと思う。でも今日は、とうちゃんの後を追う。二人共、祭衣装だからだ。
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辣韮掘る端から元の砂原に
 さらさらと砂が流れて、あっというまにその凹みは埋まってしまった…。
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岩魚沢下りれば日ある沢の口
 岩魚沢「に」なのか、岩魚沢「を」なのか、とても迷った。
 「に」の場合の解釈。山中を歩いてきて沢の入り口まで来た。沢に下りたら、そこは多少空がひらけているので、さっきまで感じられなかった日差しが差してきた。さ、釣行のはじまりハジマリ…。
 「を」の場合の解釈。岩魚沢を下って、その入り口の場所まで戻ってきました。日はまだ暮れきってはいません。釣果はともあれ、どうやら無事に生還できました(岩魚釣りはホントに山奥まで入り込むようです)。めでたしメデタシ…。
 どちらの解釈も好きです。
日の蔭のバケツにべらを投げ込みぬ
 なぜ、べらなのか。沖縄はともかく、本州ではべらが、最も色彩豊かな魚のひとつだからだろう。
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水底に鯊の叩きし煙二度
 さすが釣りキチ、よく見ています。鯊が水底を叩いて逃げる時、尾の動作は、「パン」ではなくて、「パパン」ですよね。
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踏跡の尽きて枯野のあるばかり
 作者も前に来た人達と同じように、ここで引き返すのでしょう。
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漉き上げし如く田毎に残る雪
 四角い田圃の四辺に添った部分の雪が融けて土が見えている、という状況でしょうか。つまり解け残った雪も四角い。
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蛤の開けば湯気吐く網の上
 「湯気立つ」ではなく、「湯気吐く」としたところが好い。うまそうだなあ。
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防風を摘みし袋のもう蒸るる
 コンビニのレジ袋にでも入れているのでしょうか。摘まれてもまだ、息をしているんですね。
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お握りを積みてさなぶり支度出来
 改めてお礼の接待としてのさなぶりと、「お疲れさん、さあ食べて食べて」のさなぶり。もちろん後者です。若い人が大勢お手伝いに参上していたのしょうネ。
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ちぬ釣って而して椀の鯛の鯛
 「而して」で、「料理して(あるいはしてもらって)食べた」という一連の時間の流れを言い表した。そこがよかった。鯛の鯛が上手に残せた時は嬉しいものだが、自分が釣った魚であれば、いつもとは少し違う感じもあるだろう。
前景に稲の掛かりし浅間かな
 穂高や乗鞍では、山が「遠景」になってしまう。富士に稲は似合わない。稲架が前景となる「近さ」が浅間山の持ち味の一つなんだと思う。
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登り来て神か狢か棲む祠
 崩れて苔むして、もう祠かどうか判らなくなっているんですね。
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箒目に早や山茶花の五六片
 まだ新しいくっきりとした箒目が見えます。
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 零句集、たいへん美味しうございました。俳句を堪能いたしました。
 またいつでもおこしください。ただし、日曜日以外に。なぜなら日曜日は肉屋が休みで、馬刺しが買えないから(スーパーでも売ってるけど、やっぱ肉屋で切ってもらったやつは全然違う!)。
 共に食い、共に飲み、ともにさすらい、そしておおいに俳句をつくりませう。謝々。

1 comment to 『鯛の鯛』を読んで_(矢沢六平)

  • mozu
    ひさしぶりに新潟を彷徨い、生きて戻ってきました。 今回はあらかた時化でしたので、主食は山菜でした。 いまは留守番猫が鬱陶しいほど甘えてくるのに身をまかせています。 ご句評、恐縮しきりです。 岩魚沢の件はぬかりました。助詞の省略は怖いですね。 どっちでも良いと仰っていただけたのは有り難いことで、 実のところ僕が省略したのは「を」です。 馬肉とともにフクの成長も気になるところで、、、いや、フクは食べませんよw 正直「鹿食免」が僕にきわめて相性のいい免状だったことは否定しません、、、 ちかぢかまた顔を出します。月内は難しいかもですが。 今度は海のものを持参しますね。チヌか何かはわかりませんが、、w 百舌鳥

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