句集『TKS』を読んで~稲垣秀俊
川瀬しはすさんは昭和43年生まれ、俳句を始められたのが昭和63年で、以後本井主催に師事されている。
川瀬さんの句は、下に挙げるように平明かつ明朗で、写生句の王道といった感じがある。先に評を書かれた本井主宰も矢沢六平さんもその点を指摘されている。句の明るさは、川瀬さんのお人柄はもとより、テーマの選び方と観察の正確さに因るものであろう。
成り揃ふ小茄子中茄子砂地畑
左義長の破魔矢の鈴が焼け残る
蜻蛉生る峠の道は工事中
以下はまだ他の方が評されていない句に触れていく。
造園夫五六人ゐて春めける
植え替えシーズンを迎えて活気が出てきた造園屋の風景であろうか。造園夫にしか触れられていないが、春めくという季題によって、周囲に植えられている木々の活力溢れる様子まで想像できる。
汗したヽる顎頬骨と団子鼻
顔のパーツを下から並べていくことで、仰角のある顔面が迫ってくるような効果が出ており、汗のしたたる暑苦しさを表現している。その雰囲気はまるでKING CRIMSONのジャケット画のようであり、顔というよりは肉塊に近い油っぽさを感じる。
建ち並ぶハイツにコーポ芝櫻
新興住宅地の植え込み、あるいはちょっとした公園に芝桜が咲いている様を写生した句である。味気ない住宅と、管理の行き届いた植え込みと、植栽された芝桜。どこをとっても人の手が入っていて小奇麗であり、一見俳句にし難いようにも感じるが、こうした人工的な景にこそ芝桜の本情があるように思う。
うねるやうな宿の畳や菜種梅雨
菜種梅雨は3月下旬から4月にかけて降り続く雨のことである。私にはまだ使いこなせない季題であったので、この句は大変勉強になった。
畳がうねっているくらいであるから、それなりに古い宿である。またそのうねりに気がつかれた川瀬さんは少し寛いでいらしたのであろう。古宿に何をするでもなく休んでいるという景と、梅雨や秋黴雨とは異なる菜種梅雨のデカダンな感じが相俟って独特の空気が醸成されている。
稲垣秀俊