花鳥諷詠心得帖42 三、表現のいろいろ-17- 「切字(切字さまざま)」

代表的な「切字」をご紹介した閉じ目に、『五百句』中のさまざまの「切字」。

夙くくれし志やな蕗の薹 虚子
「やな」。「や」の切れに加えて「な」の一字に情が籠もっていて、しみじみとした優しさを湛えている。

大正十五年、島村元の未亡人から「蕗の薹」が到来した、その礼の句と分かれば宜なるかな、とういうところ。

子の日する昔の人のあらまほし 虚子
願望の助動詞、「まほし」で言い切っている。「あったらなあ」くらいの謂いだが、大磯の吉右衛門邸を訪れ、安田靫彦の意匠になる庭を見ての吟。「昔絵に見るが如き稚松多し」と詞書きに言う。「まほし」の措辞に「格」が出ている。
古庭を魔になかへしそ蟇 虚子
「な」~「そ」の禁止表現。「な啼きそ」は「啼くな」。「な来(こ)そ」は「来るな」。「魔になかへしそ」は「魔に返すな」。禁止表現で蟇に語りかけるところに軽い滑稽がある。天竺徳兵衛などが脳裏にあったか。
君と我うそにほればや秋の暮 虚子
「ばや」は願望の助詞。「嘘と承知で惚れあってみようよ」と相手を勧誘しておいて、下五でその二人をひやひやと包む「秋の暮」の悲しいような薄暗さを描いている。
船の出るまで花隈の朧月 虚子
「まで」は普通に使う、終着を表す助詞。内容としては、「まで」の後に「を暫く過ごすところの」が省略された形と言えるが。詩のリズムとしては「まで」できっちり「切れ」ている。瀬戸内航路で帰郷する、その暫しの暇を神戸の花隈で朧月を楽しんでいるのだ。「まで」は楽しさの遮断を自らに言い聞かせているようにも見える。
道のべに阿波の遍路の墓あはれ 虚子
「あはれ」は形容動詞「あはれなり」の語幹。形容詞・形容動詞は語幹の形で使用すると強意の意味が強くなる。    (つづく)