「夏潮 第零句集シリーズ Vol.5」 櫻井茂之『風ノ燕』

「夏潮 第零句集シリーズ Vol.5」 櫻井茂之『風ノ燕』

 

 「夏潮第零句集シリーズ」。第5号は櫻井茂之さん。

茂之さんは、昭和四十一年福岡市生。地元の有名デパートに一度就職後、高校に職員として再就職。その高校で藤永貴之さんと出会い、職場句会を通じて俳句を本格的に始められたのは平成十七年。その後「夏潮」創刊に参加。昨年より編集委員として運営に参加いただいている。また、今年度の第三回黒潮賞を「五百羽余」で受賞。

黒潮賞の受賞作品からも分るとおり、本井英、藤永貴之から伝わるじっと季題を見つめ、描写する姿勢が身についている。更にそこに独自の感性から紡ぎ出した言葉を独りよがりにならないよう丁寧に読みこんで一句をなしている。結果として我々は茂之さんの俳句からは全面的な肯定性、向日性を感じることが出来る。

実に手の込んだ句の詠み振りである。物事の新奇性に頼らず、このような姿勢で俳句を詠んでいくことが我々にとって非常に大事なのであろう。

 

 末尾は切れ字、体言止めが殆んどを占めており、その点が百句を一定の平板なリズムで並んでいる印象を持った。これは、これで6年間で100句という、俳歴と句数のバランスから止むを得ないであろう。

 

やはらかき葉をかきわけて袋掛 茂之

 季題は「袋掛」。果実を外のものに食べられないよう守るため、一つ一つに袋を掛けていく。その様子を上五中七の様に詠った。何の果物であろうか、何れにせよ初夏の柔らかい日差しの下で光るように行われる袋掛けの光景が鮮やかに目に浮ぶ。

 

鮟鱇のどろりと箱に入れらるゝ 茂之

 季題は「鮟鱇」。鮟鱇という大きくてぬめぬめした魚の港での扱われ方を詠んだ一句。

 中七の「どろり」が眼目。対象をじっと見つめ浮んできた措辞であろう。誰もが納得できる一句ではないか。

 

『風ノ燕』抄 (杉原祐之選)

握り飯食うて涼しき風の中

秋霖に黒く濡れたる檜皮かな

温む水国土交通省管理

信号の三つの庇雪積める

夏潮に囲まれて国境の島

一塊を経木に包み鯨売る

競漕の舟の濡れたるまゝ積まれ

秋の蚊やだらりと長き脚下げて

河口暮れて白魚茶屋の灯せる

鷹柱ほどけて空の残りけり

 

(杉原祐之 記)




関係ブログ

俳諧師前北かおる http://maekitakaoru.blog100.fc2.com/blog-entry-787.html

 



櫻井茂之さんにインタビューしました。

櫻井茂之さん

Q:渾身の一句は?

A: 「機影はるけし八月の雲の中へ」私にしては格好良すぎる句ですがうっかりと生まれてしまった我が子です。


Q:100句まとめた後、次のステージへ向けての意気込みは?

A: 100句目の「鷹柱ほどけて空の残りけり」は黒潮賞を頂いた20句へとリンクしています。
鷹の渡りを詠んだ時のようにこれからも足下の花や見上げる空を実直に詠んで行こうと思います。


Q:100句まとめた感想を一句で。

A:「初空やこんもりとある水城あと」茂之