花鳥諷詠心得帖18 二、ことばの約束 -10- 「漢字(正字、略字、うそ字)」

戦後の国語政策が「現代仮名遣い」と「当用漢字」の制定を基軸として展開されたことは既に触れた。そこで今回からは「漢字」のお話。

ところで「漢字」は一体幾つあるのか。正確な数は不明ながら(数え方によって異なるという意味で)史上最大級の漢字辞典として有名な二十世紀日本の諸橋轍次『大漢和辞典』で四九九六四字、十八世紀中国の『康煕字典』は四七〇三五字である。

ただしこれらの中には我々が生涯使用しないであろう漢字も多く、約五万字はどこまでも「最大」での話だ。

一方我々に身近な『大字典』クラスになると凡そ一万から一万五千字を収録しており、俳句を詠む・読む上ではこの程度でも何とかなる、と私は考えている。

ところで我々俳人にとって一つの大きな問題は「正字・略字」の問題かも知れない。世に言う「旧字・新字」だ。

正字とは「學」「藝」の類。「康煕字典体」とも呼ばれる。

「略字」とは「学」「芸」の類の字体。この略字体は現在「常用漢字字体表」に登録されている分については正式に認められている。つまり「学」にしろ「芸」にしろ「常用漢字」に含まれているので略字体が通行しても「お咎めなし」なわけだ。

ところが例えば「籠」(かご)は「常用漢字」(一九四五個)に含まれていないので「正字」のみがあって「略字」は無い。世間で通用している「篭」(かご)は、厳密に言えば「うそ字」ということになる。「タケカンムリ」をそのまま置いて、「龍」を、その略字「竜」に置き換えただけのものだ。因みに「竜」は常用漢字に含まれているので、それ自体は「許され」ているのだ。

似た例では「滝」・「蛍」。これらは共に常用漢字なので「瀧」「螢」でなくても良い。ただし俳句の中に使用する場合「瀧」「螢」も表現としては捨てがたく、結果として「新旧」不統一のきっかけになりかねない。

「龍」の字に関連して「朧」は当然常用漢字に入っていないので略字は無い筈なのに、虚子先生の句碑に「月竜」(註:にくづきに竜)の字が登場する。

「犬吠の今宵の朧待つとせん 虚子」
昭和十四年作、昭和二十七年建立のものだが、何故か揮毫されたものは「月竜」であった。

わが「惜春」は常用漢字については略字、それ以外については正字で表記されている。例えば投句用紙に「齢」(よわい)と書いても、雑詠欄では正字で書かれているし「虫青(註:むしへんに青)蛉」と書いても「蜻蛉」と正しく直されている筈だ。

ここで厄介なのは「JIS」(日本工業規格)。

例えば魚のサバは常用漢字でないので正字で書くべきだが、ワープロで書くと「JIS」規格によって「鯖」と平気で「うそ字」が打たれてしまう。読めれば良いような気もするし、それでは「漢字」文化が守れないようにも思う。

次回も漢字の続き。