主宰近詠」カテゴリーアーカイブ

主宰近詠(2023年4月号)

襲はれし如くに        本井 英

迎春と左横書き宮の春

坪庭や福藁の香の充ちわたり

福藁や女将は父を知れるひと

いつの頃よりか姉にもお年玉

病める身を励まし寒に入らんとす

寒林を明るく載せて中洲かな

寒梅にぱちつと雨の当たるとき

前栽の茶畝に寒の雨やまず

涸池に降り込む雨のあからさま

冬の雨つひに欅の幹伝ひ


提灯の尻揺れやまず桜鍋

氷上に水の溜まりて景映す

声かはすなく寒林にすれちがひ

水鳥の水尾のめらめら〳〵す 

くづほれて褞袍のやうや枯葎

襲はれし如くに蒲の穂綿散る

身中にひそむ病魔も春を待つ

氷解けて池面ささやきそめにけり

丈とてもなく魁の犬ふぐり

落椿滑川へと水奔り

主宰近詠(2023年3月号)

主は来ませり      本井 英

島山にして絶海に眠るなる

深々と切通しあり山眠る

お薬師さま里へ下ろして山眠る

山眠れば歩荷仕事も無くなりて

炉話に指失ひし事故のこと

炉明りに膝逞しき娘かな

顔見世や昔は見えし男山

営林署の冷蔵庫より山鯨

大皿を覆ひて赤し牡丹肉

連れだつとなく離れざる鳰


鳰の目の冷淡さうに見ゆるとき

源流とて落葉の下の水の音

棕櫚の芽ぞ落葉畳を青く抽き

靴の腹で掻いて楽しき落葉かな

蜷擱坐したり冬日は天にあり

山雀の声の遠さよ枯木谷

鎌倉のほんに今年の冬紅葉

冬紅葉母の独りの墓に降る

蒲の穂は崩れほつれて戦ぐなる

主は来ませりと千両も万両も

主宰近詠(2023年2月号)

甘える鷹を   本井 英

鐘楼の画然とあり萩刈れば

萩の刈り口や楕円に真円に

三つありて一つ小さき柚釜かな

沼の冬せまる山とて無かりけり

さきがけの白鳥の胸うす汚れ

白鳥は胸まろやかに風に浮く

島宮へ橋の長さよ七五三

帯解の癇症なるは誰に似し

袴着の悪態つくがたのもしき

髪置のへらりへらりと笑ふばかり


柴漬に舷あさき小舟かな

一歩踏み出して鷹匠鷹放つ

餌合子の鳴ればたちまち鷹もどる

鷹匠や甘える鷹を甘えさせ

黄葉してなほも零余子をこぼさざる

森の冬かな雨音につつまれて

敷きつめし落葉に湛へ潦

小鳥どちちらちら渡る雨の枝

初鴨の相語るあり雨の糸

金魚なるかや翡翠の嘴に赤

主宰近詠(2023年1月号)

桃吹きぬ    本井 英

曳波のおもはずあふれ荻の岸

切幣の散らかつてゐる秋の暮

泥煙鯊がたてたり流れけり

鰯雲みしりみしりと目のつまり

愛宕社も伊勢社も柿の里の辻

撮り合つて見せ合つてゐる秋日和

更けつのる夜寒の舞台稽古かな

朝食は七時よりとよ小鳥来る

なほ吹かぬ実のありながら桃吹きぬ

棕櫚の実の育ちつつ黄のうすれつつ


ライトアップされて夜寒の天守閣

小鳥来て小鳥去りたり行啓碑

琴の音の止むときのなき菊花展

足元にホースのたうち菊花展

菊花展のテントの奥に何か煮る

こまごまと律義に実り男郎花

歩十歩に振り返りたり男郎花

通草生りをると男の声澄めり

暮の秋人少ななる巫女だまり

暮の秋安曇野ちひろ美術館

主宰近詠(2022年12月号)

清サンが好きで   本井 英

岬への径初月を見まくほり

富士薊参道にして登山道

掌の窪に転げ墜ちたる菜蟲かな

コスモスの数輪風をもてあまし

バス停やコスモス坂と命けたる

すでにして浮かび出てをり小望月

月の友竹馬なる筒井筒なる

百日紅根岸へ虚子が通ひし道

清サンが好きであつたと獺祭忌

菓子パンも刺身も好きで獺祭忌          


身ほとりに南岳画巻獺祭忌

とりとめし命大切獺祭忌

萩叢を遠ざけてをる雨襖

村々の蕎麦の遅速やみすずかる

姫川も海近ければ刈田など

熊鈴につぎつぎ抜かれ草紅葉

青鷺は頸のS字をさらに矯め

うすうすと埃の浮かび池の秋

ナラ枯の切株に生ふ菌派手

ふくらはぎぱきぱき曼珠沙華真つ赤