主宰近詠(2018年7月号)

旅愁さらなる  本井英

惜春の旅にあり鶏鳴も聞き

芥川荘と(ナヅ)けて籘寝椅子

熊蜂の宙を領して唸りやまず

行く春の笯をあらためてまた(イケ)神饌田(ミ ケ タ)なる代田の水の澄みわたり




選挙カーの声の遠さに夕桜

橋桁をくぐり遊びてつばくらめ

雉啼けば旅愁さらなる朝の窓

朝餉まで躑躅の庭をたもとほり

小綬鶏のさらに遠くで雉の啼く




青蘆の侵入したる売地かな

初心者は初心者向きの波に乗り

乗りくだる崩れはじめてをる波を

サーファーのもんどり打つは常のこと

棲みつきしサーファーの庭芥子の花




気取りなく広き宿庭野蒜生ひ

逗留の日々紫蘭咲き増ゆる日々

紫陽花は対の若葉をうち重ね

河口なる弘法麦の穂ぞ青き

癒えてゆく暮らし日焼けも少しせし

主宰近詠(2018年6月号)

要塞島     本井英

夜桜のひとゆらぎしてをさまりぬ

根治とは信ずることば花の下

旧上巳冷たき雨の止まぬまま

岬めざす車窓に雨の遅桜

ふる雨に木香薔薇の黄やはらか




タグボート溜まりへ春の雨つめた

野鳩せはしく鶯はのびやかに

鶯の近さや姿見まくほり

我が離れば鶯は嚠喨と

鶯の声やトンネル抜くる間も




砲座跡青木の花はみなこぼれ

島に生ひ島の地獄の釜の蓋

要塞の歩廊ちらちら藤散れる

岬風が空へ放つはつばくらめ

反転の燕すばやく翼閉ぢ




鵜の頚の鉤がつき出し春の潮

干潟より要塞島の崖仰ぐ

春濤へぶちかましては渡船来る

島うらら恙のことも少し聞き

チューリップ一弁垂れて蕊まる見え

主宰近詠(2018年5月号)

一俳誌  本井英

雪しろや信濃を出でて信濃川

旧正のホ句を持ちより集ふなり

旧正を言祝ぎ集ふ一俳誌

旧正の濠のあなたの岡辺かな

旧正を暮れ方ちかく訪ひくるる




雨止みて外あたたかとナース言ふ

見舞ひくるる人無きままに日は永き

クレーンが遅日の空にまだ働く

文学碑麓にありて山を焼く

ドローンぞ野焼の空に音たかく




これ以上ひらくあたはず犬ふぐり

吾妹子の背中ぞ遠きつくつくし

海苔の潮充ちわたり日はさしわたり

海苔を干す香り一村領したり

若布干す小浜々々をたどり来し




朝寝またかりそめならず恙の身

点滴の外れて朝寝うまかつし

今朝も空碧しミモーザ黄を兆し

晩節へ踏み出す一歩木の芽風

手負ひの身ながら青きを踏まんいざ

主宰近詠(2018年4月号)

心経唱へ   本井英

ありたけの庭の水仙妻の墓に

風花や志賀の都と名は残り

絵画館の坊主頭に冬日ざし

背に浴びる冬日が味方闘病す

アスファルト濡れてまつ黒雪さらに




病室の鏡にぞ雪降りしきる

雪片や綿のやうなるなも混じり

降る雪はヒマラヤ杉を染めはじむ

降りくらむ雪に一灯また一灯

真夜は雪止み一颯の風も無き



    
I氏より
晩白柚の持ち重りせる志 今日干したばかりの大根ま輝き 岬山の眠れば浦曲まどろめる なまこ舟戻るとなればそそくさと 干潮に引かれし水脈の消ゆるまで




冬ざれてアロエもしどけなく撓み

獅子舞がロビーで舞ふも出湯の興

獅子舞の足袋の白さもはしけやし

目白らに遅れまじりて寒雀

著膨れて心経唱へくれをると

主宰近詠(2018年3月号)

銀世界     本井 英

石蕗の黄のゆつくり褪せてゆける日々

クリスマスソング水族館に充ち

サンタ帽かぶりてアシカショー司会

     

鈴ヶ森刑場跡

火炙台磔台と冬ざるる 酢茎買うて今井食堂にも寄りて




雁木うち全但バスの停留所

雁木みちへ有平棒は光蒔き

列車着けば雁木を人の通りけり

騎馬像を遠巻きにして雁木かな

雁木出はづれて橋あり銀世界




先住は俳僧とかや枯芭蕉

病室の窓東向き開戦日

帰り行く見舞ひの妻に日短

しやつくりも副作用とよ冬日和

クリスマスツリー点滅夜が明ける




カーテンと玻璃の間の聖樹かな

  

悼 崎山野梨壷さん

ノリさんにばつたり出逢ひさうな枯野 機関区のところどころの枯葎 水仙や引込み線はトンネルへ 去年今年身に病変を抱きながら